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ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

バベットの晩餐会

『バベットの晩餐会 デジタル・リマスター版』予告

 

随分昔にこの予告編を見たような覚えがある。いわゆる「名画」との評判に、おそらくは当時は偏屈な時期だったのだろう、そのまま見送った。

 

いきつけの名画座ジャック&ベティで公開しているというので見に行った。

 

見るからに北国の吹きすさぶ海岸線、そこに貼り付いたように暮らす一握りの箱庭のような集落、まるで書割のような家が、それでも石造りの堅牢さがヨーロッパらしさを醸し出す。

 

その村に住む美人姉妹と家政婦のバベットの物語である。牧師の娘である美人姉妹は節制・禁欲を象徴する。補助線として引かれる垂線は、人生という時間軸と交差する。家政婦はパリからやってきた。政変に追われてパリから逃げてきた彼女は、補助線としての人生に運命という彩りを添える。その彩りは、姉妹それぞれに恋心を抱く、士官と歌手の想いと重なる。

 

追われたバベットは姉妹に拾われて、家政婦として働いている。そこではなんの色も出さない。ひっそりと暮らしている。その彼女が宝くじを当てる。当たった1万フランを使って、世話になったお礼に晩餐会を開くという話だ。バベットはパリの有名レストランの女性シェフなのだ。

 

欲望を神に預けた姉妹と、村の人々は、ご馳走をも悪魔の誘惑のように退けようとする。だから「食事のことを話題にするのはやめましょう」と申し合わせる。垂涎の品々が目の前に並び、極上のシャンペンやワインも供される。その晩餐会の場に、かつての士官が功成り遂げて参加している。

 

食欲も色欲も生きるということにつながっている。ひっそりと人々は生を肯定する。生きることは、それだけで良いことではないか。「自らの選択の可否を人は思い悩むけれど、全ての選択は良いものだ」そんな台詞がなかっただろうか。

 

年老いた士官は、やはり老女となった姉に「あなたのことを思っていました」と告白する。そして「あなたもでしょう」と訊ね、彼女は首肯する。このやるせなさと絶望と希望と同時に立ち現れる十全感はなんだろう。

 

どんなものであれ、人が望みを叶える、完璧に叶えるということが不可能なのだとしたら、生きるとは畢竟そういうことなのか。

 

であるならば、それはそれで良いのだ。一生に一度でも極上の食事とワインは供される。その時には満天の星があるのだ。

 

そんなことを考えた。