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ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

感動

同僚の結婚式に参列して、様変わりを体感した。

 

いわゆる「余興」の部分が、友人の歌・ダンス・手品・演舞などのライブから、二人を祝福する体のDVDを流すというものになっていた。

 

その方が、楽になる人の数が多いし、予定調和の着地点を計測しやすい。

 

そして、思ったのだが、「感動」をプロデュースすることは、意外と容易いのだということ。親が居て、子が居て、子同士が出会う。その当たり前のこともBGMと共に映像化されれば、涙を誘う。

 

なるほど、「芸術」と「感動」の間にある距離がわかったような気がした。「感動」をコマセにして「芸術」へ導くことはあっても、その逆はないのだ。ゲージツが偉いのかといえば、そんなわけではないが、「感動」したから良いのかというと、そうではないということだ。