ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

分厚い本

そんなわけで、何日か前から「積読」状態だった『定本 久生十蘭全集』を読み始めている。

 

「ノンシャラン道中記」から始まる1巻だ。「ノンシャラン道中記」はコン吉とタヌ子とあだ名される二人の日本人(音楽と絵画の留学生だ)がフランスからスイスまで、あれやこれやの事件に巻き込まれながらの、まさに「道中記」だ。

 

例えば、最初の「八人の小悪魔」という話は、女手ひとつで8人の子を育てている下宿先の若後家が、男に恋して、彼のもとに赴く2日間だけ子どもたちを預かってくれと、コン吉タヌ子に、その7歳を最年長とする子らを押し付けて失踪するという、迷惑極まりない話である。

 

ヨーロッパを舞台とした話をさらっと描く。抽象度の高い含蓄のある文章で、さらっとだ。だからうっかりすると、誰が何をしているのか分からなくなる。

 

気づくと「ノンシャラン道中記」は終わっていた。これだよ、この感じ。そして、2・3の短編を挟んで、更なる進化系「黄金遁走曲」へと展開していく。呆けたようにひとつの本に淫するこの感じ。

 

昔、石川淳の全集を持ち歩いて、暇さえあれば読んでいた時期があった。ちょうど、『狂風記』が出版された頃じゃなかったろうか。あの時にも感じた。

 

自由に好きなことをする。本だって、読みたいから読む。褒められたいからじゃなく。