ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

ひとりでいること

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 ひとりになってみるという話だ。ひとりでいる人を見ると、俺は不安になる。自分がそうやってひとりになってしまった時のことを考えるからだろうか。逆にひとりでも堂々としている人は、俺を安心させるどころか、励ましてくれる。何故なのか。

 

 紹介したいのは高校時代の同級生だ。彼は英語が出来て、ギターが上手だった。立ち上げた自分の会社を経営しながら、半年に一度くらいの割合で、バンドのギターリストとしてライブをしている。その真意はよく分からなくて、趣味のつもりなんだかどうなんだか。

 

 彼は、大学を卒業した後、アメリカの大学で行動心理学の勉強をすると留学して行った。それはもうあっという間に成田を飛び立ち、それまで年中一緒に遊んでいた僕らは、彼なしの日々を送ることになったわけだ。

 

 実はちょうどその頃、俺は俺で、実家を離れて一人暮らしをしていた。その頃、好きで良く読んでいた永島慎二という人の『フーテン』というマンガに憧れて、どうしても都心近くでどんなに安いアパートでも良いから、自分一人で生活をしてみたいと思ったのだ。

 

 一人暮らしは想像していた通り自由で気ままで、安楽なものだった。同時に退屈で出口のない厳しいものだった。ゼミの発表が思うように行かなくて落ち込んだり、米を買うお金がなくなって本当に困り果てたりした。

 

 そんな頃、彼が一時帰国して、久しぶりに仲間が集まった。アメリカでの発見やら失敗やらのみやげ話を聞いていく中で、彼が「でも、さすがに半年アメリカで暮らして、俺、現在完了形が分かったんだよ」と言ったのを覚えている。それから「お前、ソックスって複数形って知ってたか?」と言ったのも。

 

 聞けば、留学前の語学学校での授業の中で、ずっと適当にやり過ごしてきた「現在完了」というものの意味が、本当の意味で理解できたのだと、それからあるお店で靴下を片方だけ示して「このソックスが…」と言ったら「それはソックスじゃない、片方ならソックだ」と言われたのだと言うことだった。

 

 その後、彼は再びアメリカに飛び立ち、本格的に大学院での勉強に入った。俺は俺で下宿に戻った。相変わらずの一人暮らしの生活を続けた。

 

 ある時、下宿近くのコンビニでつり銭を間違えていた店員さんにそのことを告げようとして、「あぁ、あいつは、これも英語で言わなくちゃいけないんだな」と思ったのだ。そんな負荷をかけて生活しているあいつに比べて、ゼミの発表にしてもなんにしても、全部日本語でやれる俺は、きっとなんとかなる。そんな風に思ったのだ。

 

 ふいにそんなことを思い出す秋の風だ。