ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

俺って何

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『僕って何』という小説を書いたのは三田誠広。「わたくしといふ現象は假定された有機交流電燈のひとつの青い證明です」と書いたのは宮沢賢治だ。

 

俺は俺という人間にどこか中心があって、それは例えば「自我」みたいなもの、その自我が何かを考え、行動している。そんな幻想はさすがに持っていない。

 

俺の考える俺は、極めて多くの極めて小さな要素の集合体だ。その要素は相互に関係を持っているけれど、「個」として統合されているわけではない…という感じ。

 

小阪修平の『そうだったのか現代思想』という本を読んだ。その受け売りだ。

そうだったのか現代思想 ニーチェからフーコーまで (講談社プラスアルファ文庫)

そうだったのか現代思想 ニーチェからフーコーまで (講談社プラスアルファ文庫)

 

例えてみれば、俺にとっての俺は『サマーウオーズ』に出てくる「ラブマシーン」だ。何億ものアカウントの集積で作り上げられた仮想の姿である「ラブマシーン」そんな存在だ。

 

俺はここに居る。俺はここではない。内部と外部が入れ子になっている。そしてその微細な要素のひとつひとつが俺だ。濡れ手に付いた粟のように、払っても払ってもまとわりつく。胴体の真ん中からへし折られても、だから大事ない。俺の本質は失われないのだ。