ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

風太さん

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最初に飼った犬の名前は「風太さん」だった。「ーさん」まで含めての名前のような感じで呼んでいた。確か矢野顕子のファースト・アルバムだったかに『風太』というタイトルの曲が入っていて、それを頂戴したのだ。

 

拾われた雑種を引き受けたのだった。

 

実家の庭に放し飼いにしていて、大雑把な家だったから、庭からそのまま座敷に上がらせていた。そんなフリーな感じで出入りしていたから、コタツで夕食が始まって、気が付くとすぐ傍らに、人と同じようにちょこんと座っていたりした。

 

大きさ的には間違いなく座敷犬じゃなかった。それが庭から走り上がってくるのを見て、遊びに来た俺の友人とかは大笑いしていた。「普通このサイズの犬は家の中で飼わない」って。

 

でも、誰も躾けたわけじゃないのに、食事の皿からつまみ食いをするなんてことはなかった。無駄吠えもなく、いつもジッと遠くを見ている犬だった。

 

コタツの中で寝て、そのまま布団の中でも寝た。大の字になって布団の中で寝ていたりして、「人じゃないんだからよ」なんて言われたりしていた。

 

鎖をし忘れて1週間ほどいなくなったことがある。仕事から帰ってくる途中の父が、商店街の八百屋の前で見つけた。「風太!」と呼ぶと「ワン」と答えたという。ガリガリに痩せていて、家に戻るとぐったりと寝続けた。

 

その1週間に何があったのか聞いてみたい気もするけれど、それから「風太さん」の超然とした雰囲気は一層ソリッドなものになった。

 

随分と年を取って目も白く濁ったようになり、黒斑の毛にも白いものが交じるようになった頃、ハグすると透き通ったようないい香りがした。俺はひっそり死の匂いなのかも知れないと思いながら、風太さんを抱いていた。

 

風太さんが死んでから俺は犬は飼いたくないなと思っていた。けれど、昨日、犬がやって来た。成り行きには抗えない。今日、海岸近くの公園に連れて行ったら、狂ったように走り回った。俺も走った。足がパンパンだ。走るだけ走るが良い。走ってこそ犬だ。