ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

いのちのうどん

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フランチェス子さんのこちらの記事を読ませていただいて、日の出製麺所のうどんを注文した。

 

というのも糸井重里のマザー2は、騙されたつもりでやってみて、最後号泣しながらラスボスと戦った思い出があるからだ。そのHP回復アイテム「いのちのうどん」のモデルとなったものだとしたら、どれほどのものだろうという期待があったのだ。

 

ネット販売で注文し、届いた箱をいそいそと開け、お湯を沸かし、うどんを茹でた。

 

ちなみに俺にはうどんとパンとワインとご飯の旨さは分からない。何を食べても、基本的に美味いなぁとは思うけれど、じゃあそのどれが特に?と言われれば、答えにも「?」で返すしかない感じだ。「強いて言えば、その時の夕暮れの風の心地よさが一番美味しかった」とか、「詩人かよ!?」と言われるような返答しかできない。

 

できなくて心もとなさを感じていた。俺は何か人生に重大な欠落を有しているのではないか。

 

妻が「フランスで食べたパンは本当に美味しかった」と言えば、「ああ、それはどんなものなのだろう」と期待が広がる。「ドイツで呑んだワインは、酒が飲めない私でも美味しかった」と言われれば、いつか呑んでみたいと思う。

 

うどんも「コシが」「のどごしが」と言われれば、「ああ、それはどんなものなのだろう」と期待が膨らむ。まして「いのちのうどん」なのだ。

 

茹でられてダウダウと湯気が上がるうどんを水で冷やし、どんぶりに開け、パッケージに書いてある通り、小口ネギをかけ、生姜をかけ、天かすをかけ、七味をかけ、付属のツユをかけた。

 

そして食す。食す。食す。

 

第一印象は、「ま、こういうもんだよな、うどんって」というものだった。美味いか不味いかって言われれば、美味いというものだ。これまでの大抵のうどんがそうだったように。(給食のソフト麺とそれ以外という分類になるかもしれない)

 

ところが、その後、職場にいても、風呂に入っていても、エリック・ドルフィーのソロを聞いていても、酒場放浪記を見ていても、ふいに脳裏に浮かぶのだ。そのうどんのことが。ああ、また食べたい。早く次のあのうどんを食べたい、と。

 

あのうどんをノドに通らせたい。

 

関東で生まれ育った俺は、うどんより蕎麦を選ぶ人生を送ってきた。母は蕎麦屋でうどんを注文する父を「江戸っ子じゃないんだろ」と笑った。その俺が放っておけば三食すべて日の出製麺所のうどんでも良いと考え始めている。

 

なんだ、これは。なんなんだ、これは?

 

とにかくお湯を沸かして朝食の支度だ。