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ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

読書体力

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言うまでもない、「読書体力」とは、読書をするために必要な体力のことを言うのだ。俺の友人が学生時代にそんな表現をしていた。

 

読書というのはある習慣的な要素を持っている。久しぶりに長編を読もうとしても、読書に費やす時間は、それがどんなに面白い小説だったとしても、読み続けることが出来ない。それは集中力が持たないという内面的な問題ではなく、同じ姿勢を取り続けることが出来ないとか、目が疲れて持たないという意味での「体力」の問題なのだ。そういう主旨だったろう。

 

何故そんなことを思い出したかというと、昨日、久しぶりに1日書見にいそしんでいたら、今日頭が痛くてかなわないのだ。

 

読書体力が落ちているんだなぁ。そう思ったのだ。

 

あの頃、池袋には文芸座があり、飯田橋には佳作座があった。そこで二本立ての映画を通して観てもなんでもなかった。そんなことからまず出来なくなる。本を読んで頭が痛くなるそんなこと、以前は在り得なかった。そんなことからまず始まるのだ。

 

でも、読書体力が読書体力と名付けられた背景には、筋トレによって筋力が復活するように、反復練習によって、読書体力も回復するという信仰があるのだ。映画を観る力だって、少しずつ慣らしていけば、復活する。

 

俺の父親は晩年、手術で片足になってしまった。基本ベッドで横になっていたのだが、その状態で腕立て伏せをして、鉄アレイを上げて何というか鍛えていた。そのせいで上半身は二の腕は太く胸板も厚くなりという不思議な寝たきり老人だった。

 

そういうことだって可能だ。可能であってどのような意義があるのか分からないけれど、少なくとも可能だ。

 

とここまで書いてきて気づいた。この頭痛はひょっとして4日前のボーリングのせいではないか?