ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

男の料理

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母親が身体が弱い(と称していた)ので、日曜日の朝などは、起きて来なかった。実際、結核で入院していたことがあるので、調子は良くはなかったのだろう。朝食は、菓子パンでも何でもあるもので何とかしろという方式だった。

 

長男の俺は、小学校5年ぐらいから台所をゴソゴソとして、日曜の朝食は自分でなんとか誂えるようになった。今でも覚えている。最初にフライパンを使ってした料理は(料理と言うのも気が引けるが)サッポロ一番アラビヤン焼そばだった。

 

確かお湯を沸かす手間もいらず、フライパンに乾麺と水を入れて沸騰させると出来上がりぐらいの簡便なものであったはずだ。

 

やがて、即席ラーメンを作るようになった。西丸震哉先生の教えを守って、麺を茹でたお湯とスープのお湯は峻別した。そして炒めるということはまだ出来なかったから、野菜はスープのお湯で茹でて、スープを溶いて煮込んだ。

 

それから幾星霜、男の料理を作ってきた。池袋下宿時代も卓上コンロぐらいの大きさのガス台を駆使して、味噌汁も焼き魚も何でも作ってきた。焚き火飯の面白さを覚えると、その傾向に一層拍車がかかる。ビールさえあれば、どんな料理だって作れるような気がしている。

 

そう言えば、亡くなった父が入院する前、不自由になっていく意識と両手で最後に口にしたのは、介護に帰った俺が作った麻婆豆腐だった。