ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

ボブ・ディラン テンペスト

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ボブ・ディランは俺のちょうど20才年上だ。二十歳の可愛い顔をしたデビュー・アルバムから50年経って、先月新譜を出した。

 

それだけでも大したことなのに、そいつがどう聞いても名盤となるとタダゴトではない。

 

初来日の武道館を前に、俺は「チケット、取っといて」と両親に言い残して高校に行った。帰ってみると「酷い目にあったぞ。電話なんて全然繋がらないよ」と父親に言われた。「仕事にならなかったぞ」と。でも、昼前に繋がって予約したと。

 

今にしてみると、それは相当父・母、グッジョブな努力をしてくれたものだ。二人がボブ・ディランという名前を知っているとしたら、ガロの「学生街の喫茶店」の歌詞だけに違いない。

 

♪学生で賑やかなこの店の

片隅で聞いていたボブ・ディラン

 

俺は武道館のアリーナでディランを見た。正直言って、ビッグ・バンド構成がしっくり来なかったし、知ってる曲だって「風に吹かれて」ぐらいだったから、あまり面白くなかった。

 

その後、『欲望』を聞いた。来日よりも『欲望』のリリースの方が先なはずだけど、聞いてからライブに行ったという覚えがない。後から「ハリケーン」を聞いて、良く言われる「歌詞の持つスピード感」というものが分かった。分かったら、すごく好きになった。

 

テレビで放映された『ローリング・サンダー・レヴュー』の映像で、ジョーン・バエズと頬を寄せあって歌う姿が、なんというか羨ましい感じだった。歌い終わってバエズの頬に軽くキスをした。

 

ずっと後に記録映画『ノー・ディレクション・ホーム』を一緒に見に行ったカナディアンは「あいつらヤッてると思う?」と聞いた。成る程、それが気になるのはコンサバティブな日本人だからってわけじゃないんだなって思った。

 

不真面目な高校生だった頃、大学の受験の時期が近づいた。友だちが「おい、knowの名詞形知ってるか?」と聞いてきた。その頃、よく一緒に行っていた駅前の喫茶店が『ノーブル』という名前だったから、そのまま「ノーブルか?」と答えた。彼は笑って「バカ、knowledgeだよ」と言った。

 

なんだよ、勉強してるのかよ。なんだよ、名詞形って。

 

俺は焦った。そろそろ有名な受験勉強とやらをし始めないといけないのか。そうは言っても何をどう準備して良いか分からなかったので、好きだったディランの詩の分からない単語を辞書で引いていた。七面倒臭い抽象語が多いから、受験レベルの英文にピタリとハマったのかもしれない。入試問題では、そこで調べた単語をちょくちょく目にした。

 

ディランがまだ青年だった頃、ビッグ・ジョー・ウイリアムスが彼に歌ったという「やりたいようにやるんだ、やりたいようにやるんだよ。ただ、どうしてそれが骨なんだぜ」というブルースの意味が最近分かるような気がする。

 

そして、その後のディランの軌跡がどれだけ屹立したものであるかも分かる。その軌跡をなぞる意味はない。しかし、そのソリッドにエッジの立った道筋は俺を励ます。

 

凹んでいる暇なんてない。このジジイ、もう70だ。