ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

不安解消しない法

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俺が通っていた中学校には、地域の2つの小学校の卒業生が通うことになっていた。俺の通っていた西の小学校、そしてそこから2キロほど離れた所にある東の小学校だ。

 

今と違って中学受験というのが決して一般的ではなかった頃だったから、その小学校の卒業生たちは大部分が、公立中学に進学した。

 

その中学への進学を目前にした六年生の後半から、色々な噂が流れ始めたものだ。その中学校は不良の溜まり場らしいとか、番長がいて、そいつの名前は誰それらしいとか、その番長に逆らって殴られた奴がいるらしいとか、いやいや殴られただけじゃなくて、竹刀で殴られたんだ、竹刀じゃない木刀だとか。

 

今でも鮮烈なイメージで思い出すのは、そいつが殴られた時は、子分に抑えつけられて、将棋の駒を口の中にいっぱい入れられたんだと、そして、そのまま殴られて、口の中が血だらけになった奴がいるって。全くビーバップな話だ。不思議なもので、もう三十年以上前の話なのに、そう言った友達の表情もその時のまことしやかな雰囲気もちゃんと覚えいる。

 

テレビでは『仮面の忍者赤影』が再放送されていた。金目像が倒れずに赤影たちが苦闘していた。

 

小学生だった俺は、言うまでもなくものすごい不安に襲われて、そんな学校行きたくないって親に相談した。親は「バカなこと言ってんじゃない」と一笑に付してその話は終わってしまった。終わってしまったが、自分もその中学校出身であったというよしみもあって、恐らくその恩師の誰かに、俺の話を伝えたのだろう「先生も大笑いしてたよ」と、暫く経ってから母親に言われた。

 

話は変わる。

 

ある特別支援学級の卒業文集を読ませてもらったことがある。知的障害を持つ児童たちが、原稿を書き、ワープロを打ち、製本をしたというその卒業文集の序文だけで俺は打ちのめされてしまった。

 

「先生、僕たちにもう教えないでください。教わると、僕たちは自分で考えることができなくなってしまいます」

 

居酒屋の座敷の隅で不意に見せられたその冊子を手に、俺は涙が止まらなくなったのだ。

 

俺が包まれていた不安のなんて脆弱だったことか、そして彼らが、同じように新しい環境を前にした不安を持つ彼らが、その不安を原動力にして、なんて高いところまでジャンプしていることか。

 

この言葉をきっかけに色々なことを考えた。「学ぶ」ってこと。「教える」ってこと。「考える」ってこと。

 

日常生活を平穏無事に送っている限り不安はないが、進歩や成長もないだろう。新しい環境に入るということは、そのまま「不安」の中に身を置くことであるのだろう。

 

誰もが、もちろん俺も含めて、大きい小さい、強い弱いの差はあると思うが、不安を抱えている。でも、不安があるってことは、まだまだ成長できるってことなのだとも思う。自分が不安を持っていることに安心をしようと、俺はそう思う。

 

正直、俺は今、大きな不安に包まれている。だからこそ、その不安を増大させる方向へ突き進んで行ってみよう。