ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

ボ・ガンボスの『Bo&Gumbo』

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久しぶりに駅前のTSUTAYAに寄ったら、懐かしのボ・ガンボス『Bo&Gunbo』が入荷していた。俺が20代の後半に、自宅近くに下宿をし始めた頃、弟からカセットテープを借りパクして聞いていたものだ。それも偶然、貸したカセットデッキに、そのテープが入ったまま返ってきたという形。結局、そのテープを借りたまま池袋に引っ越した。

 

その後、ボ・ガンボスの新譜は、出る度にCDで買っていったけれど、これは何しろカセットテープだから、それ以来聞いていなかった。

 

ボ&ガンボ

ボ&ガンボ

 

あの頃、池袋で聞いていた日本のロックは、清志郎とどんと、それからFLYING KIDSをよく聞いた。

 

どんとは高校の同級生に久しぶりに会った時「最近はローザしか聞いていない。良いよ、ローザ・ルクセンブルグ」と言われたことがあったけれど、そのバンド名とどんとという名前は結びついていなかった。要するに何も知らなかったのだ。

 

RCはそのずっと前から聞いていた。タモリオールナイトニッポンでスローバラードがかかっているのを聞いたのだ。そしてシビれた。『シングルマン』を繰り返し聞いた。

 

シングルマン

シングルマン

 

バイト先の同僚が「面白い番組があるんですよ。勝ち抜きバンド合戦みたいな感じなんだけど、審査員のコメントが的確なの。ドラムのスネアのチューニングとボーカルの声のトーンが合ってないだ、とか言っちゃってさ。それで勝ち抜いてるバンドがカッコイイんすよ。『我想う故に我あり』っていう曲で勝ったの」って教わって、当時部屋にテレビがなかった俺は、自宅まで、その「いかすバンド天国」という土曜の深夜番組を見に帰った。

 

 

友人と飲みに行こうという約束をして、池袋の丸井前で待っていてもらったことがある。少し遅れてそこに行った。「ごめんごめん」と謝ると、「いや、さっきまでそこでFLYING KIDSの浜崎が誰かを待ってた」と言われた。

 

その頃、よく遊んでもらっていた女の子は、RCが大好きだった。ある時、彼女が、姉の車で高速を走っていたら、ポルシェが並走していた。運転しているのは清志郎だったと言う。

 

どんとはライブで会ったことがあるだけだけど。

 

あっという間に2人も居なくなっている。

 

そんなことを考えながら、「助けて!フラワーマン」を聞いていた。