ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

後ずさりの逃走

f:id:jerryrollsunny:20120821092809j:plain

 

職場で、会議とも呼べないような会議の果てに「伝統を護持して云々」という方向でまとめられることがある。これ以上その会議のバカバカしさについて具体的に述べると、本当に唯の愚痴になってしまうので、ここまでに留める。そんな時の俺の非主体的で後ろ向きの態度についてだ。

 

俺は「伝統」という言葉を聞いた途端に拒否反応を示すように作られているようだ。定形に身を合わせる器用さを持ちあわせていないために、「作り上げる」という行為に憧れる。既に作られたものの内実を計り、実体を守るという行為には「正解」があり、「誤答」がある。

 

俺は負けず嫌いの努力知らずなのだ。「誤答」は嫌いだ。

 

ローリング・ストーンズというバンドは、一貫してブラックミュージックを追求し続けている。しかし、その50年の歴史を振り返ると、自らが伝統化することを拒み続けたようにも思える。ディスコビートが流行れば「ミス・ユー」のような曲を作り、アコースティックな曲が流行ればそれに反応する。売れる曲を作ること、踊れる曲を作ること、それだけを至上にして突き進んできたようだ。

 

 
The Rolling Stones- Miss You

 

ボブ・ディランの言葉だったと思うが、「自分自身をコピーし出したら終わりだぜ」という気概だ。作っては壊しという運動そのものに意義を見出す。作ったものを守ることには余り興味がない。

 

足跡を消すこと。足跡を消して後ずさりながら逃走すること。

 

俺は、俺が「伝統」という言葉ではなく、「脱構築」という言葉に惹かれる80年台の若者だったことを思い出した。