読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

残酷な天使のテーゼ

 

f:id:jerryrollsunny:20120818064818j:plain

 

非日常の中に長い間、居たものだからまだ脳髄の中心がぼんやりとしている。ぼんやりとすることを自分に許しているということかも知れない。

 

汗をかいたら目の前の湖に飛び込み汗を流す。そんな日々だった。代わりと言っては何だが、風呂には入っていなかった。四肢のそこら中にブヨやらアブやらに食われた痕跡が残っている。

 

俺たちは特にアブに対しては無慈悲の姿勢で臨んだ。小さい魚が釣れれば、大きくなって帰っておいでと逃し、食事に出てくるものは何でも命を頂くのだとの思いを忘れず、蚊であっても、俺の血で済むのなら吸わせてやっても構わないというくらいの寛大で慈愛に満ちた心を持っている。本来はそんな俺たちなのだ。

 

しかし、アブに関してだけは躊躇なく叩き潰してしまった。人の居る辺りの床にはアブの死骸が幾つも、レーズンクッキーのレーズンのように点在していた。何故そこまで執着していたのか分からない。あの大きさがいけないのかも知れない。

 

叩き潰さずに、上手く捕まえることに血道を上げる者も居た。捕まえると、腹にちぎったティッシュペーパーを結びつける。そうして逃がすのだ。そのアブはキレイな弧を描いて虚空を飛んで行った。

 

少年時代にそういった「残酷な行為」を通過儀礼として行なっておかなくてはならないという説を聞いたことがある。蛙の尻にストローを突っ込んで膨らます。蛙は水の上に浮かぶ。その行為については『誰がカバやねんロックンロールショー』の曲に言及があった。トンボの尻を千切り、そこにマッチ棒を差し込む。トンボは中天を目指して一直線に上昇する。それは泉谷しげるのエッセイでも読んだことがある。そしてそういった行為のひとつひとつこそが情操教育なのだと。

 

俺たちの場合は情操教育ではない。ただの報復行為だ。気が付いたら国と国とが小さな島を争ったり、いにしえのセクシャルハラスメントについての報復論議が喧しいことになっているさなか、そんなこととはつゆ知らず、アブを捕まえていた。

 

未来少年コナンのように…だったろうか。