ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

ヴァーチャル・ヰタ・セクスアリス

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最初はお定まりの永井豪だった。

 

ハレンチ学園』で、十兵衛が校舎の外に吊り下げられるシーン。友だちの家にコミックスが揃っていて、俺はその友だちと話もせずに、読みふけって帰った。その後、『あばしり一家』『イヤハヤ南友』『けっこう仮面』などをこっそり買ってドキドキしながら読み進めていった。

 

ジャンプに連載されていた『あらし!三匹』をひと月に一冊ずつくらいのペースで集めた。そうだ。地域の図書館に行く言って往復のバス代をもらい、徒歩で往復してそのバス代を浮かし、駄菓子屋のもんじゃに卵を付けるのと、『あらし!三匹』のジャンプコミックスを買うのが楽しみだった。

 

それを三冊分くらいまとめて貼り付けて、一冊本のようにしていた。何故そんなことをしたのか分からない。こちら方面のこととなると、人はわけが分からなくなる。

 

石ノ森章太郎(当時は石森章太郎)の『009ノ1』をやはり古本屋で買って、家で読み終わり、別の巻の方がいやらしいんじゃないかと交換してもらったという恥知らず。「今回だけだよ」と古本屋のオヤジに諭された小学生だ。

 

ウルトラマンにもドキドキした。何故だろう。アンヌ隊員という男子の何かを掻き立てる呼び水はあったにしても、光線のリングにウルトラマン(ハヤタ隊員だったかもしれない)が縛られるのを見てぽーっとなった。

 

ルパン三世の1stシリーズ初回で峰不二子が捕まってしまうシーン。捕らえられた不二子が、身体の輪郭に沿ったように出てくる機械仕掛けの孫の手にくすぐられるという拷問を受けるのだ。

 

もちろん胸元は、敵によって顕わにされていく。俺はよりによって、面白い新番組が始まるぞと家族揃って見てしまっていた。「固唾を呑む」という言葉の意味が分かったのはその時だ。

 

後にそのシーンを見てインプリンティングされてしまい、くすぐりだけをテーマにしたAVを作っているという監督の話を聞いて、同士のような同世代感覚を持った。

 

銭湯に行くと映画のポスターが貼ってあった。それが『私は好奇心の強い女』とか『団地妻シリーズ』のこともあった。そんな時はその映像をしっかり頭に焼き付けて、反芻しながら家に帰った。

 

映画と言えば『あの胸にもう一度』だ。マンディアルグの小説を映画化したもので、マリアンヌ・フェイスフル、アラン・ドロンが出ていた。今でこそ余裕を持ってそんな知識も披露できるが、テレビで流されたそのシーンを見た時はやはり固唾を呑んだ。

 

70年代には、今の懐かしのアニメを映像で振り返る的なテンポで、洋画邦画様々な映画の色々な場面を紹介してくれる特番があった。そこで何気ない流れの中で、黒い革のジャンプスーツを着た金髪女のフロントジッパーを、男が口で咥えて下ろしていく場面が流された。

 

活字は父が買ってくる『週刊新潮』と『週刊文春』が専らだった。週刊新潮の「黒の事件簿」は、俺の読解力を涵養してくれた。『週刊文春』の「淑女の雑誌から」は、まだあの頃は連載されていなかったろうか。やはり父が積んでいる『オール読物』などに載っている宇能鴻一郎川上宗薫も俺の読解力を育ててくれた。

 

だから小説というのは俺にとって「いやらしいもの」だった。

 

そんなわけでヘルマン・ヘッセの『車輪の下』にもそんな場面を発見し、納得した。確かめた。新潮文庫版の190ページ目だ。同級生たちとその数字を囁き合ったものだ。

 

中学校の図書委員だった俺は、学校の図書館にマルキ・ド・サドを置いてもらうように申請し、許可された。経緯は分からない。なんの検討もされずに許可されたのか、チャタレイ裁判並の議論が職員会議でなされたのかは知らないが、それ以来だ、俺が少しばかり世の中をナメるようになったのは。

 

中学生の頃になると、『週刊プレイボーイ』と『平凡パンチ』をどうやって部屋に持ち込むかが大きな課題だった。小型の雑誌で『Oh!パンチ』っていうのもあった。『Goro』は、もうちょっと後だったか。というのも、カバンなんて、学生カバンしかなかったし、そんな雑誌を買うのに、制服でなんかは無理だったからだ。俺は服の下にそれらの雑誌を隠し持って、つーんとした顔付きで玄関を開けると、自分の部屋まで一直線に戻ったりした。

 

こうして振り返ってみると、マンガと活字と映画、今でも好きなモノには性的な妄想を掻き立てられた原点があるのだった。

 

それにしても、妄想だけが不自由に肥大していった日々であったことよ。