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ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

芝居の神様

映画 音楽 雑感

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渡辺えりがまだ渡辺えり子だった頃に聞いた話だ。彼女が確かNHKの番組に出て「芝居の神様」の話をしていた。

 

芝居の神様が居る。芝居の神様は芝居が大好きだ。だから、若い連中が芝居を立ち上げようと言う時には、芝居の神様が沢山集まってくる。芝居を作っていく過程では色々なことが起こる。ある時には演出が自分の思い通りではない指示を出すかもしれない、脚本に納得できない箇所があるかも知れない。そんな時。

 

「演出があれじゃ芝居できないんだよな」

 

「言っちゃ悪いけど脚本がさぁ」

 

とか言う度に芝居の神様はそっとその場から離れてしまうのだと言う。1人抜け、2人抜けして、やがてその芝居はとてもお寒いものになってしまうのだと。それが渡辺えりの「芝居の神様」の話だった。

 

ネガティブな言葉を吐きたくはないのは、自分からその何かの神様が離れてしまうことを畏れるからだ。どんなに子どもっぽい感じがしようとも、ポジティブな方向で言葉を使おう。根拠無くむやみに肯定的に。ここへ来て「何」の神様に居て欲しいのか、その具体性の無さが情けないところだけれど。

 

そうなると、俺がイメージするのは、相変わらず望月峯太郎の『バタアシ金魚』カオルだ。

 

バタアシ金魚(1) (ヤンマガKCスペシャル)

バタアシ金魚(1) (ヤンマガKCスペシャル)

 

とにかく何かすごいことしてやるっていう具体性のない勢い。50歳になったカオルは、あるいは松本大洋の『花男』かも知れない。

 

花男 (1) (Big spirits comics special)

花男 (1) (Big spirits comics special)

 

なんでも良い。20代、30代にあった自意識は失われ、モンティ・パイソン『ライフ・オブ・ブライアン』のエンディング曲「Always look on the bright side of life」の歌詞にあるように「何もない所から生まれ、何もない所に帰って行く。何か失ったか?何もだろ?」という真理に直面していく日々だ。

 

掛け声だけかけても何も始まらない。そうだな。それもよく分かっている。