ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

ヒグラシ

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仕事を終えようとしている夕暮れ時、雨上がりの空にヒグラシの啼く声がする。ヒグラシと言えば漢字で書いて「蜩」この字を見ると思い出すのは、谷村新司のエッセイ集だ。読んだことはないのだが、家のどこかにずっとあった。家族の誰がどうやって手に入れたものなのか、ずっとだ。ひょっとすると今でもあるのかもしれない。

 

谷村新司と言えば『セイ・ヤング』だ。だが、俺は聞いたことがない。幼い頃から 眠ることがあまり得意でなかったので、入眠儀式については極めてコンサバティブだった。自分でラジオは『たむたむたいむ』までと決めていた。『あおい君と佐藤クン』から聴き始めて、『たむたむたいむ』で眠る。決して『コッキーポップ』までは聴かない。

 

大瀧詠一の歌のように「午前三時は宵のノド、過ぎれば眠いの忘れ」となってしまう。俺の宵のノドは「午前一時」だと感じていた。だからそれを過ぎてはいけない。

 

Niagara Moon 30th Anniversary Edition

Niagara Moon 30th Anniversary Edition

 

中学生の頃から、ラジオを聞いていた。萩原欽一の『欽ドン!』もラジオで聞いた。俺も投稿しようと思ったけれど、何ひとつ面白いことが思いつかなかった。そう言えば、その前に放送されていた草笛光子のちょっとエロチックな番組も楽しみだった。

 

高校生になると試験勉強をしながらラジオを掛けるなんてことが出来たけれど、中学生の頃は、隠れて布団に入って聞いていたのだ。イヤホンさえも買うことが出来なかったので、ごく絞った音量にしてスピーカー部分に耳を押し付けて聞いていた。

 

あの頃の布団の中は、恐ろしく甘美な世界で、アラジンの魔法の絨毯のように思いをどこまでも行き渡らせることが出来た。その思いを妄想と呼ぶのだけれど…。

 

この妄想の中にあって誰かと連絡を取ることが出来たら最高だな、という願いが携帯電話やメールを発達させたのだ。間違いない。

 

日曜の午前中だったろうか、小林克也ベストヒットUSAのラジオバージョンのような番組が放送されていた。そこでスージー・クワトロの「キャン・ザ・キャン」や、ポール・マッカートニーの「ジェット」を聞いたっけ。

 

オリンピックの開会式の映像でポールが歌っているのをぼんやりと眺めながら、あのバイオリンベースは、なんていうメーカーだったけなって考えて思い出せなかった。リッケンバッカーは忘れなくても、ベースのメーカーなんて忘れてしまうな。永ちゃんも使っていたなぁ…あと永ちゃんはビワみたいなベースも弾いていたっけ。

 

そんなよしなしごとを思い起こしているうちに、1日なんて終わってしまう。 

 

 

 

バイオリンベースはヘフナーだったね。