ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

1980年の喫茶店

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以前、レインドロップという喫茶店についての話を書いた。

 

http://jerryrollsunny.hatenablog.com/entry/2012/06/23/072241

( ↑ こうやってURLダイレクトの引用じゃなくて、タイトルから飛ぶようにしたいんだけど、やり方が分からない。)

 

Rain Drop(紆余曲折の末、kazenokomichiさんのアドバイスのお陰で出来るようになりました)

 

 

喫茶店が好きだ。最近もスタバとかドトールとかコメダ珈琲とかたくさんあるけれど、喫茶店に行くような時間は失われた。…というのは、物理的な時間の在り様の問題ではなくて、意識の問題だな。

 

最初によく行っていたのは、実家近くの商店街から路地一本外れたところにあった『ポエム』という店だ。永島慎二のマンガに同名の喫茶店が出てきていた。主人公の「長暇貧二」は原稿も上げずにチータカしている。編集が訪ねてくると弟子が「ポエムじゃないっすか」と応える。そんなシーンがあったような気がする。仲間が集まって、オーダーもしないでコップ一杯の水をそれぞれ飲みながら、消息を交換しあうなんて場面も。

 

俺は当時、永島慎二と真崎・守のマンガにイカレていたから、惹かれてその店に入るようになった。黄色い大きな看板が目立つ店だった。

 

マンガが結構揃っている店で、俺は柴門ふみの『P.S.元気です。俊平』を読んだのを覚えている。あと定番だが『あぶさん』。マンガ喫茶なんてまだない。

 

大学の近くには『純喫茶 滝沢』があった。ご存知な方はご承知の通り、上品な感じの店員さんばかりで、”『滝沢』の店員は未亡人ばかり”という都市伝説があったということを、後になって聞いた。それが信じられるくらい落ち着いた雰囲気の女性ばかりだった。

 

珈琲1杯の値段が、普通の店が三〇〇円だとしたら五〇〇円ぐらいだった。でも、その静かな雰囲気が好きだった。小遣いに余裕がある時は友だちと誘いあって行った。それにどんなに長居しても、追い出されるようなことはなかった。暇だけは潤沢にあった学生だったから、気が付くと6時間、7時間居たなんてことがあった。

 

うん、俺の後ろの席で学生作家だった新井素子と編集者が打ち合わせをしていたなんてこともあったっけ。

 

あんなに長い時間、俺たちは何を話していたんだろう。ロックの話、小説の話、芝居の話、女の子の話、他愛もない話だったか。今だったらPSPで時間が潰れてしまうのかも知れない。ウォークマンでさえ誕生前夜なんだから、そこで話題を一度に共有することは出来なかった。「チキンシャックのブルースが良いんだよ」「そうそう」「ふーん」以上で終わりだ。「今度貸すね」という展開が常套で、今時のようにその場で「どれどれ?聞かせてよ」とはならない。

 

今でも健在だが、御茶ノ水の『穂高』という喫茶店。その名の通り山小屋を意識したウッディな作りで、俺たちはそこで「オレンジジュース」と「夏みかんスカッシュ」を飲んだ。今でこそ珍しくなくなったが、その頃、果肉が入っているジュースを出してくれる喫茶店は、ここの他を知らなかった。一緒に行った俺の友だちは、暑い夏、汗をかきながら飲んだ「オレンジジュース」が余りに美味かったので、「すみません、もう1杯ください」と掟破りの喫茶店おかわりオーダーをしたくらいだ。

 

古本屋街をハシゴする途中で、一息つくように入った喫茶店で、その日の戦果として買い込んだ安い文庫本を何冊もテーブルに並べて眺めるのは、仕合せであったことだ。あとはディスク・ユニオンで何枚か手に入れた輸入盤のLPレコード。重ねたそれらをほぐしながら、また積み上げる。

 

今もあの時の全てが、あのままでどこかにあるとしか思えない。

 

吸い殻を山盛りにした灰皿を取り替えに来てくれる『滝沢』のお姉さんとか、『ポエム』のアイスコーヒを前に『レモンハート』を読んでいる俺とか、坂を登ってきた『穂高』までの道のりに溢れ出た汗とか、青臭い議論もそのままに、現在進行形で、どこかに在るのかも知れない。