ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

大きな高い山

 

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見た感じは小型車両だ。決してアメ車といったデカイ豪華な感じではない。坊主頭でホロホロとよく笑う。後期高齢者の今となっては好々爺然とした印象だが、スピード狂で、ほんの数年前までは巡航速度130キロといった感じで高速道路を走っていた。

 

英語に堪能で「ディック・フランシスの新刊は、すぐに送ってもらうように向こうの書店と直接契約をしてるんですよ」とやはりホロホロと笑った。直近でお会いした時も、「これ、最後の作品ね、途中で死んじゃったから息子が続きを書き継いだの」と『クロスファイヤー』のハードカバーを見せてくれた。「そんなに難しくないですよ」って。

 

Crossfire

Crossfire

 

20代で知り合ったばかりの頃、その先生は俺たちとの話の途中で「あ、いけない忘れてた」と呟くと、誰かその後会う予定の人と英語でアポイントメントの変更を頼む電話を掛けていた。「I'm sorry if I wake you up」とか言って。

 

その人の家を訪れたことがある年長の友人は「戦後の探偵小説は全部ある。いや、ほとんどじゃない、全部あるんだ」と言っていた。

 

水泳はずっと続けているらしく、マスターズの大会で何やらの記録保持者だという。

 

精神科医としての評判は勿論、それ以外の部分で俺はその裾野の広大さに圧倒されている。

 

20代に、そんな人と知り合ってしまうと、頑張れば俺にもその山を登れるのではないかと感じてしまう。今、30年を経て、70代のその人を前にして、果てしない距離はちっとも縮まっていやしないし、そもそもその山を登ろうということがどんなに無謀なものであったかを思い知らされる。

 

何にしても、すげえなぁと思える人というのが、高慢さや傲岸さといったものの対極にあることを教わった人だ。カギカッコを付けないありのままの知性というものが、傍らに居る人を安心させ、リラックスさせてくれるのだということも。それを若い時代に教わることができたのは、俺の幸いであると思う。

 

3年に1度くらいの割合になるけれど、その人と話す機会に恵まれた後の俺はいつでも、メンテナンスをしてもらい、姿勢が良くなったような気がするのだ。骨と骨の間に溜まったべっとりとした脂を、歯ブラシで磨き落としてもらったような気がするのだ。

 

だからどうか元気でお暮らしください。

 

以上、暑中お見舞い申し上げます。