ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

禁煙ストーリー

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中学の頃から大人の目を掠めて吸ってきたタバコを止めたのは、6年前だ。ざっくり15歳から45歳まで吸ってきた。止めようと思わなかったわけではない。結婚をした時を皮切りに、子どもが生まれた時、次の子どもが生まれた時など、「止めようかなぁ」の機運が盛り上がることはあった。

 

あったが根絶は出来なかった。家族は大事だし、子どもは可愛い。しかし、仕事には好不調があって、そのダウンな方向に振り子が触れた時などに、同僚のヤニ仲間に「ま、一本点けてさ」なんて優しい言葉を掛けられると甘えてしまう。

 

まずは、この本を読むこと。俺の場合は、そうだった。

 

読むだけで絶対やめられる禁煙セラピー [セラピーシリーズ] (ムックセレクト)

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それから、タバコを止める為に必要なのは、「ストーリー」だ。吸うに当たって、「仕事を終えた後の休息の一服」とか「咥えタバコで、煙に眉を顰める姿の粋さ」とか「ジッポーライターのオイルの香り」とか、そんな様々な細かいイメージに捉えられて吸っていた。タバコを吸い続ける為には習慣という惰性があれば良い。しかし、止めるには「意志」があるだけでは駄目で「ストーリー」が必要なのだ。

 

俺の「ストーリー」は次のようなものだった。

 

父が亡くなった時、病気の発覚からその時まで、医者の言う通り調度3ヶ月だった。その頃、兄妹はみな家を出て、父と母は二人で暮らしていた。「お父さんが変なんだよ」という母からの電話があり、叔母夫婦に医者に連れて行ってもらったのだ。

 

父は3歳くらいの俺が「息が臭い」と言ったのをきっかけにタバコを止めていた。「もう10年間、1本も吸ってない」がやがて「もう15年間、1本も吸ってない」となる傍らで俺が隠れて吸い始めていた。

 

バカバカしくなったのか、父は再びタバコを吸い始めた。しかも、俺に隠れて。呑んだくれで隙だらけの父に、そうやって隠しきれるはずもなく、用があって家にあった仕事場に突然入ると、慌てて顔をそむけた父の鼻から煙が漏れていたりした。

 

76歳で逝った父は、70歳の年に子どもの頃から悪かった右足を腿から切断した。その手術の前後から、さすがに酒もタバコも止めていた。止めざるを得なくなったということだ。

 

6月ぐらいから入院した父は、意識が混濁した。「ロシアの兵隊が波打ち際にバシャバシャ打ち上げられているんだ」とか、夢の話をしているんだか、妄想なんだか分からない話を俺や嫁に聞かせた。

 

そんな父を見ながら、俺はやっぱり家族に隠れてタバコを吸うことが多くなった。見舞いに行く時も、俺一人の時は一本吸ってから父の病室に入り、病院の敷地を後にする前に一本吸わないでいられなかった。

 

調子が良い時が一度だけあった。「今日は子どもは連れてこないのか?」なんてまともな会話も出来た。「おお、『レモン哀歌』だ」俺はそんな風に思った。今にしてみると俺の「天のものなるヤニの香り」が「ぱつとあなたの意識を正常にした」のではなかったのか。

 

俺は、父の車椅子を押して屋上を散歩した。今頃みたいな夏の日差しの中で、洗濯物がキラキラとはためいていた。

 

「お前、タバコ持ってないか?おれはもう死ぬよ。それはもう分かってる。だからタバコ、吸いたいんだよ」そう言われた俺は、「でも、しばらく止めた後の1本って、意外と旨くないんだ。俺、知ってるよ」そんなことを答えて、ズボンのポケットに隠しているタバコを渡せなかった。

 

次に見舞った時にはもう瞳孔に意思が感じられなくなり、次には昏睡状態になり、父の終わりが終わった。

 

父の葬儀の日々、俺はタバコを吸った。それまでも吸っていたわけだから、正確に言うと「止めている振りをするのを止めた」ということだ。ずっと吸ってきたハイライトだ。

 

火葬場を後にするという時、最後の一本になった。それを吸って空き箱をゴミ箱に捨てた時、火葬場の煙突を見上げながら「あぁ、これでもう俺はタバコを吸わないんだな」と思った。

 

それから全然吸っていない。吸いたいとも思わないけれど、もし俺が生き延びて、父が亡くなった年を越えたら、また吸い始めるかも知れないなと思う。