ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

ぼくらの好きな人々よ

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17歳の女の子と、並んで坂道を下って行く。曇天は重く垂れ込め、遠くに港が見えていなかったら、嘔吐していたかも知れない。そんなのっぺりした日常を送っていた。

 

「じゃあ、もうすぐ誕生日なんですね」

「そうだよ。…なに不思議そうな顔してるんだよ」

「いやあ、あたしの倍も生きてるって、どんな気分なのかなって思って」

 

少女はそう言ってコロコロと笑う。17歳の女の子は充分に可愛くて、不器用で、残酷だ。俺の少しばかりの下心を弄ぶ。でも、腹蔵ない反応をどうもありがとう。ここまで来ると小娘のそんなからかいも気にならなくなる。40歳だろうが50歳だろうが関係ないんだ。問題はアレを持ってるか、持ってないかだ。

 

「例えば、俺はジョージ・ブライトンのコンサートに行った。彼が死ぬ前の年ね」

「えっ!良いなあ」

「だけど、それはあんまり重要なことじゃなくなってきたんじゃない?YouTube、CD、俺たちが失ったのは、生身のジョージ・ブライトンだけで、その音楽は君も俺も共有している。今、事実としての体験に意味を持たせようとするのは、下らない経験主義者だけだよ」

「ほんと。母が自慢するんですよ。あんたが幾らレゲエが好きだって言っても、ジョージ・ブライトンを生で見たあたしにはかなわないんだって」

「え?」

「母も行ったんですよ。新宿の厚生年金でしょ?」

「うん」

「母って、いろんなの聞いてて…今はFun.ってバンドのファンで」

ふんふん。

「幼稚園の頃、母がシュガー聞いてると、あれ、暗いじゃないですか、あたし怖がったらしくて」

 

この小娘は、ファンキーな母を経由して受けた自らのロック体験を語り継いでいく。

 

俺の世代では、ロックは反抗の代名詞だった。エレキギターを手にして弦をかき鳴らすことは、No!と叫ぶことだった。覚束ない指使いでも、エレキを弾いて「満足できねえぜ」と歌えばロックだった。それだけで大人たちは眉を顰めてくれた。MTVが終止符を打つとロックは商業ベースに乗り、拡散して行った。その様子を横目で見ながら、この後、一体どうなるんだろうと思っていた。

 

どうなるもこうなるも、あんた…母か。

 

「あたしの友だちが誕生日にギター買ってくれって言ったら、その娘のお父さんが自分も弾きたいからって、ボーナスでギブソンレスポール買ってくれて…どうしたんですか?」

「どうして?」

「なんか、暗い顔してますよ」

「いや、少なくとも状況は一層困難になっているような気がして」

「バッカみたい」

 

俺と彼女はしばらく黙ったまま、港に出る道を辿った。

 

ギターを取って、「No!」と「嫌だ!」と叫ぶことは、反抗の手段としてもはや無効になった。周囲はキメの細かいスポンジのように俺を包み、叫びを吸い込んでしまうだろう。ロックは社会に取り込まれてしまった。

 

俺は並んで歩く彼女を盗み見た。小さい声で何か唄いながら自分の足の爪先を見て歩いている。てめえ、バカ娘、自分の吐いたツバを舐めないように気をつけな。「バッカみたい」「ダッサイ」って世の中を裁いていても、気が付いたら取り込まれてるんだ。

 

「うわあ、やっぱり清々しますね」

 

港に出ると彼女は屈託なく笑った。やっぱりその若さは羨ましいや。俺は気が付いたら40歳近いクソジジイだ。前を見て進んで行きたいけど、自分が自分であることを確かめようとすると、つい後ろを振り返ってしまう。そしてかつてロックはこうだったとか言ってしまうんだ。でも、あんただって同じなんだよ。いつかあんたも自分の中の欠落を傷と呼んで、恨みの視線で塗り潰さないと先に進めないような夜が来るんだ。その夜を過ぎても、まだその屈託の無さが残っていたら、俺は初めてあんたを評価しよう。

 

「まだ変な顔してる」

そう言うと、傍らで手すりにもたれている俺を凄い目で見ると「悪いけどタメぐちききます」と切り出した。

 

「オッサン、なんであたしがバカみたいって言ったか分かんないの?」

「俺が変なこだわりをもってるからじゃないのか?」

「バッカ!あのねえ、状況なんていつだって困難なの。それを悟りきったように、『一層』なんて言うからバカって言ったの」

 

ふん、それで?

 

「簡単なことよ、嫌われようが何しようが構わずに自分の言いたいことを言うの。敵もできるだろうけど、味方もできる。オッサンだってその『状況』の中に居るんだから、オッサンが動けば『状況』だって変わるの。分かった?」

 

まったく、油断できない。またガキに励まされちまった。

 

「分かった」

「分かったんだ。へーえ、やっぱり見どころがあるね。オッサン」

そう言うと彼女は子猫がじゃれつくように俺の耳元に囁いた。

「じゃあ、ご褒美に、次の誕生日にはアレあげようか?」

「アレって何さ?」ドギマギして尋ねる俺に彼女はこう言った。

「あのね、我慢できなくてひとくちだけ齧っちゃったんだけど、出来たばかりの透明」

 

ふーん、そいつは嬉しいや。