ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

荷風のこと

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ひょんな思いつきで永井荷風大先生のことをエロジジイ呼ばわりまでした罰当たりな俺だが、そこにアマゾンの商品紹介のリンクを貼った。

 

そして、つい自分でも『濹東綺譚』を買ってしまった。

 

ずっと以前に読んだ覚えはあるのだけど、改めて読み直すとやはり全然違う。20歳には20歳の果実があるし、40歳には40歳の果実がある。そんなことを言っていたのはラディゲだったか。

 

『濹東綺譚』という小説を、垂れてくる水晶のしずくのように味わっている。以前読んだ時には計り知れなかったようなことが感じられるようになった。そして付録の年譜が興味深い。

 

20代の頃の可能性に満ち溢れていた俺は、逆に言えば、まだ何も選びとっていない俺だった。その目で読むのと、今、50代のあれやこれやの選択を行なった末のこの身を抱えて読むのでは、同じ文章の様相が全然違うということが分かった。

 

「…昭和二年 48歳 関根歌を囲い、カッフェー女給と悶着を起こした。…昭和六年 52歳 愛妾 歌と別れた。…昭和十二年 58歳 九月 母死去、葬儀に参列しなかった」という記載は、今、なんというか、迫ってくるものがある。

 

「ははぁん、そういうことなのか」であり、「えぇっ、そういうことなのか」である。

 

言っちゃ悪いが、荷風のどうしようもなさ加減が、ヒシヒシと伝わってくる。その「わかっちゃいるけどやめられな」さ加減が伝わってくる。

 

そこで俺は資格論を云々する方に与しない。つまり、文学的な才能があったから云々とか、官僚の長男としての恵まれた家柄を出自として持っているから云々という発想だ。恵まれたヤツだから特権的にそんな人生を送ることが許されるということではないだろう。

 

それよりも俺としては「荷風ロックンローラー列伝の一員として認定する」というC調で収まりをつけたい。

 

そして更に付け加えると、荷風が亡くなった時、おそらく多くの記事が「最後の文士が逝った」という論調で伝え、その死を悼んだろう。しかし石川淳だけは、『敗荷落日』という題で「(晩年の荷風は)怠惰な小市民がそこに居すわつて、うごくけはひがない。まだ八十にみたぬ若さにしては早老であつた」と書き「一箇の怠惰な老人の末路のごときには、わたしは一燈をささげるゆかりも無い」と結んだ。

 

狂風記(上) (狂風記) (集英社文庫)

狂風記(上) (狂風記) (集英社文庫)

狂風記(下) (狂風記) (集英社文庫)

狂風記(下) (狂風記) (集英社文庫)

 

そんな彼も、当然列伝の一員だ。

 

ここには無頼を気取るという臭みは感じられない。

 

ロックンローラーとは、どうしようもなく自分の性に従って生きた人のことだ。俺はそんな先達を前にして只々感服するばかりだ。