ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

ジャパニーズ・グラフィティ

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仲間との最後の夜を過ごすなら、どんな風に過ごすか。出来るならば、ちらっと見かけた金髪、サンダーバードに乗った女の子を探して一晩さまよう。そんな青春を過ごしたかった。

 

泉谷しげるのエッセイで、牛乳瓶にネズミの死骸を入れて、そこに爆竹を詰め込み人んちの窓から投げ込んだなんてのを読んだことがある。俺たちのしてきたことは、そんなたぐいだ。

 

俺の中学校は川のたもとにある公立中学校で、冗談のような話だが、校庭の脇に養豚場があった。冗談のようなというのは、俺たちの食事の時間と豚の食事の時間が重なり、俺たちも奴らもワサワサと動きまわる。俺たちはともかく、彼らが動きまわると、その独特の芳しいものが、給食のプレートを抱えて列をなしている俺たちの方にまで漂ってくるのだった。

 

四時間目の担当者が、所謂楽勝な授業だと、何人かこっそり授業を抜け出して、廊下に並んでいる給食のキャスターから唐揚げとかフライとかをガンガン食べていた。

 

高いレベルの高校を受験することにしている連中は、3年の3学期になって殆ど授業に出てこなくなった。だから結構食べてしまっても数が足りなくなるという問題はない。授業が終わって、余剰の再分配が開始されてしまうと、戦後民主主義の根底にある平等性によって一人ひとりの分け前はぐんと少なくなってしまう。だから…というのが彼らの論理だ。

 

 

そんな頃、技術室や科学室に忍びこむのは簡単なことだった。授業の時に、廊下に面した小窓の鍵を開けておく。それだけのことだ。

 

放課後、ひと気のなくなった頃を見計らってそれらの教室に侵入する。そして薬品や道具箱などを持ち出す。

 

持ち出して何をするというわけでもなかったし、校外に持って帰るということをするわけでもなかった。ただ、校舎の裏手にある倉庫もやはりアンロックして、そこに隠しておいた。

 

いざという時の秘密兵器。そんなつもりだったのだろう。

 

何度か侵入を繰り返すと、それまで鍵が掛かっていた戸棚が解錠されたままであることがあったり、逆に開けたおいたはずの小窓の鍵が掛かっていたりしたことがあった。どちらの場合も罠ではないかと怯えて、俺たちは脱兎の如くに逃げ去った。可愛いもんだ。

 

部活を引退した連中、生き所のない連中、進路が決まった連中、そんな連中で、アパシーの空白地帯を走っていた。

 

こうやってつらつらと振り返ってみても、碌なことをしていない。本当に碌なことをしていない。

 

この他にも、老人をからかって怒らせたり、酒を飲んで道路で寝ている人をからかって、怒らせ、走って逃げたりしていた。

 

トイレの個室をトイレットペーパーで充満させたり、廊下の消火器のピンを抜いて、ゆっくりと落ちるように細工して「時限爆弾」と称したり。

 

あぁ、誰か大きな消しゴムをくれないか。…と言いながらこのクソガキの原点を忘れて、何様のようなツラ付きにならないようにしようと思う。