ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

あっちとこっち

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黒を標榜しているのに、白を孕んでいること。甲であるように振る舞いながら乙の内実を有していること。

 

矛盾していることは避けるべきこととされる。矛盾していることに無自覚なことは避けるべきことだと思う。しかし、矛盾そのものは避けるべきことなのか。そんなことを考えた。

 

俺の親戚に大学に行っている人なんて居なかった。父親は国民学校初等科(小学校)卒だし、母親は中学校中退だ。叔父も叔母も中卒だった。高校は結構進学率が高い所だったから、その流れに乗って進学を希望し、偶然合格させてくれた大学に通った。そんな周囲の環境だから、大学である種の違和感を感じることがあった。

 

だから1年目、2年目と余り通わずに修得単位数は8単位ぐらいだった。

 

(笑)と付けても良いかもしれない。

 

辞めようかと思っていた頃、こんな話を聞いた。

 

「調査書の発行で高校に行って、担任に会ってきたんだ」「うん」「どの大学受けるんだってことになって、あそことあそこと、それからここって言ったら」「うん」「ここは入り易くなってみたいねって。去年お前が入ったからって、担任、言ってた」「ふーん」

 

ふーん

 

このままじゃあ、マグレで入ったけれどついていけなくて辞めたってストーリーになるじゃないか。

 

で、卒業することにした。俺が知っている手段は真面目になることだけだった。全ての授業に出てノートを取った。その気になったら、大学なんて卒業を目標とすることは難しいことではなかった。

 

ところが、今度は家にいて落ち着かなくなった。なんだか旧時代的な発想を頑迷に守る母親や、仕事を終えると焼酎を飲んで寝るだけの父親にイライラし始めた。そこで家を出て下宿を始めた。このままここでイライラしていると腐っていくような気がしたからだ。

 

そんな自分にぴったりとハマる居場所を探していた。でも、よしだたくろうが歌うように「たどりついたらいつも雨ふり」なので、「いつかはどこかに落ち着こうと心の置き場を探すだけ」になってしまう。

 

昨日は母の誕生日だった。78歳になった。そこで久しぶりに子を連れて実家に帰ったのだが、母と話していて思ったのだ。

 

俺が特別だというわけではない。誰もがそんな要素を持っているはずだ。誰もが矛盾の塊なはず。小さい所でフラフラしてる場合じゃない。

 

その矛盾に自覚的になったら、片方を排除するのではない方法で解決しよう。そうじゃないと大学に居て周囲を「こいつらスノッブでスクェアでなんだかなぁ」と思い、実家に居て親たちを「あぁ、もう品がない」と思う俺のままだ。それってすごく狡い。

 

マジメで不真面目。高尚を求めながらゲス。高潔であろうとして淫猥。その両者を越境し横断し縦断する。これからはその両方を肯定しよう。肯定しながら越境しよう。

 

どっちもありだ。そして自分なりの新しい大きな居住区を作ろう。