ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

走れ!熱いなら。

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40歳になるまで免許を持っていなかった。生まれついてのへそ曲がりという所もある。主流派の逆へ逆へと行こうとする。

 

ずっと都内で暮らしていたし、親も車に乗るような必要性も財力もなかったから、車には無縁で暮らしてきた。

 

就職して郊外の町で暮らしていると、成る程、こういう環境であるならば車の必要性はあるなと実感した。海があり、坂がある。電車の駅と駅の間も想像以上に距離がある。買い物は大型スーパーが主となる。

 

それでも自転車に乗って暮らしていた。だらしない酒飲みだったし、占いでは、交通事故に注意と必ず言われたから。

 

子どもが生まれた頃、研修で白神山地に出かけた。大型バスで山道を登っていくうちに、子どもをこうふいうところに連れてきたいなと思った。俺の運転する車でこうやって山道を登っていきたいなと、そうして尾根から稜線を眺めさせたいと思った。

 

思い切って休暇をまとめて取り、合宿免許を取りに行った。

 

大部屋で若者たちの大騒ぎに付き合わされるのは勘弁と思ったので、財力にものを言わせてシングルルーム・コースというのにした。2週間一本勝負だ。1日卒業検定に落ちる度に宿泊費を払って行かなければならないことになる。これを背水の陣という。

 

短期決戦だから俺の免許はオートマ限定だ。ある所でその話をしたら大笑いされた。良いじゃないか。マニュアルなんて乗れる気がしない。

 

免許を取って、子どもたちを連れてあちこち行った。富士山の麓のキャンプ場や信州、スキー場、しかし物心付かない頃はただ乗せられて移動している時間だし、物心ついて、俺と景色を共有できるかも知れないと感じられる頃には、もう親なんかと一緒に遠出しようなんて思わないらしい。

 

釣りでもすれば別なのかもしれない。カナダ人とかが、息子を連れて鮭釣りとかに行くじゃないか。あれだ。火を眺めながら、来し方行く末をつらつらと話す。来し方行く末…このブログに書いているようなことを話すというのか?それはちょっと、余りにも教育的でないかも知れない。

 

それにしても、子どもたちは俺がどうして免許を取ったかなんて、想像もしていないだろう。親の心、子知らず。残念だ。非常に残念だ。彼らに取って俺は、運転の下手な、何年かに一度反則切符を切られる親父だ。その意味では占いは当たっている。未だかつてゴールド免許になったことがない。スピード違反、一時停止違反などなど。

 

俺の親父が亡くなる直前、ずっと昏睡状態だったのが、一瞬だけ意識が戻ったことがある。何か言いたそうに俺の手を握っていた。俺はただ笑っていた。笑顔を見せてやりたかったからだ。泣き虫の小僧はもう泣かないよ。これは今思ったことだ。あれが最後だとは思っていなかった。親父は明らかに何か言いたそうだった、間違いない。やがて諦めたように目を閉じた。何が言いたかったんだろう。

 

俺が親父の立場で、子どもたちに言いたいことがあるとしたら、このことはそのうちのひとつだ。俺が免許を取ったのはな、お前らを山に連れていきたかったからだ。

 

 

 

それはそうと、今、調べたらフェラーリだってAT限定で乗れる車種があるじゃないか。