ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

Rain Drop

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Rain Drop

そういう名前の喫茶店があった。

 

経営されていた方には申し訳ない言い方になるが、泡沫のように生まれ泡沫のように消えていく幾つもある喫茶店のひとつだ。狭い間口のドアを開けると、テーブル席が4つ、カウンター席が5〜6個あるだけの、小さな小さな喫茶店だ。そのドアにはご丁寧に鈴が付いていて、引くと「ちりんちりん」とかそけき音を立てる。テーブル席もインベーダーゲームとかが置いてあって、マンガの単行本が置いてあって、その気のおけなさが俺を落ち着かせた。

 

姉妹なのだろうか二人の女の人がカウンターの中で働いていた。こういう店にありがちな品のない二人のおしゃべりはなく、音楽と時間だけが流れていた。

 

その頃、俺はタバコを吸っていて、でも両親の暮らす家で吸うことは出来なかった。俺はまだ高校生だったからだ。

 

1970年代の高校生だった俺たちは、あの頃、人生でいちばんタバコを吸っていたのではないだろうか。いや、言い過ぎた。でも、朝から晩まで、どのタイミングになったらタバコが吸えるか。そればかりを考えていたような気がする。

 

RCの『トランジスタ・ラジオ』のように、校舎の屋上で授業をサボってタバコを吸った。ある時、校庭から見上げると教頭が吸殻を拾っていた。俺たちは「後片付けはしような」なんて話していた。

 

少し前にダウン・タウン・ブギ・ウギ・バンドが『スモーキング・ブギ』をヒットさせ、キャロルの永ちゃんや『前略おふくろ様』のショーケンは、口の中で丸めた煙を少し吐き出してすぐに吸い込むという、エクトプラズムを口中から出そうとしてすぐ飲み込むようなそんな吸い方を見せてくれていた。

 

ジッポーの蓋を指で弾いて開けたことのある人ならば分かってくれるだろう、その吸い方の粋さ加減を。

 

その頃、俺は女の子を自転車の後ろに乗せて、彼女の家の前まで送った。10分くらいかかったろうか。その後、俺はこの「Rain Drop」に寄って、一服してから帰途についた。悪い仲間たちも、親も、誰もこの店のことは知らない。

 

彼女も知らなかったろう。他のどんな店でも、誰かとの出会いがある。そのことで俺の記憶に残るのだけれど、この店は違う。

 

エア・ポケットのような喫茶店。何もなかったことで思い出される店だ。タバコの煙と飲み干される大振りのグラスに入ったアイスコーヒー。永ちゃんが『時間よ止まれ』をヒットさせていた頃だ。