ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

焚き火の仕合せ

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趣味の欄に渡哲也は「焚き火」と書くと聞いて、羨ましいなぁと思った。それは「焚き火」の楽しさはもとより、「趣味:焚き火」と書くそのアイディアを得たことそのものが羨ましかったのだ。

 

今時ならBBQと書くのかも知れないが、俺がしたいことは「焼肉」ではない。

 

仲間と火を囲んで、潤沢な食材とちょうどいい感じの飲み物があること。それは極めて原初的な「安心」に近いものがあるのではないだろうか。

 

炎は要らない。炎があるとせわしなくなる。必要なのは真っ赤に揺らぐ熾火だ。その熾火の上で、ゆっくりとダラダラと普通だったらそんなにかけられない時間を、たっぷりと取って何かを焼く。

 

そう、今までで一番美味しかったのは、焚き火の熾火、真っ赤に燃える炭の下に、アルミホイルで包んだだけの玉ねぎを埋めて、しばらくほったらかしにしたもの。外側の皮が焦げて、それを剥いていくと、トロトロに溶けた甘い芯がホクホクと顔を出す。

 

熱々をハフハフするのが良い。この世でいちばん甘い甘さだ。

 

仕事として或るキャンプ場を視察したことがある。そこのスタッフが歓迎の意味を込めてしてくれたことは、盛大にサンマを焼いたことだった。サンマ、イカ、ネギ、肉と焼いてくれた。そして焼酎を酌み交わした。

 

だが、したいことは「宴会」ではない。酔いたいわけではないのだ。

 

程よくアルコールが回った頭で、チロチロと燃える熾火を眺めていること。

 

西部劇を観ると、荒野の真ん中でコヨーテの遠吠えに怯えながら、干し肉を炙って、アルミのカップにウイスキーを注いでというシーンがある。…火を絶やすと危険だからな。火が燃えている限りコヨーテは襲ってこない…。降るような星だ。そして薄い毛布に肩まで包まれて眠る。俺の中の焚き火はそんなシーンのイメージだ。

 

その為にはゆっくりとした時間が必要だ。猜疑心や虚栄心、嫉妬や尊大さなどのマイナスのマインドセットを全部溶かして、トロトロに溶けた人格の甘い芯が顔を出すまで、時間をかけて熾火を眺め酒を飲む。

 

それが焚き火の仕合せなのだ。