ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

腕時計…かのやうに

映画『イージー・ライダー』で、ピーター・フォンダ演じるところのキャプテン・アメリカは、腕時計を荒野に叩きつけ、マルディグラが行われるニューオーリンズまで、チョッパー・バイクに乗って旅に出かける。

 

「Don't trust your watch.」

 

そう言ったかどうか覚えていないが、時間に拘束されない旅を象徴されるシーンとして印象に残っている。

 

ところで、腕時計が壊れるとろくでもないトラブルに巻き込まれる。そんなジンクスが俺の中にある。強迫神経症的なところがある俺は、腕時計をしないで家を出ることはない。

 

イギリスで学生を連れている時に、腕時計のバンドが壊れた。

 

旅先のことで修理も叶わず、縫い針と糸を使って急場を凌いでいたが、そのさなかに、授業をつまみ出される学生のケア、アクティビティのクライミングウォールから落下した学生のケア、英語が通じないストレスが爆発して、近くに居たイギリス人の幼女をからかって泣かせてしまった学生まで出て、そのアフターケアに追われた。最後のケースは、学生たちの通う語学学校の最高責任者まで引きずり出しての大事になった。「彼女の心に一生消えないトラウマを付けた。本当なら即刻帰国してもらうところだ」云々。

 

親父の形見の腕時計を付けていた時期もあった。ゼンマイの自動巻きで、正確さこそなかったが、まあ何とかなっていた。ある朝、その時計が止まっていた。幾ら振ってももう動かなくなった。その日のうちに今も続く裁判沙汰に巻き込まれた。

 

もうコリゴリだと思い、980円のカシオを付けていた。それで上等なんだ。980円だって、充分時間を示してくれている。腕にその時計を嵌めて、でもさすがに安物で文字盤が見にくいので、時間は携帯で確認する。そんな生活を1年近く続けていた。『徒然草』で言うところの「かくてもあられけるよ」という気持ちだった。

 

3週間ほど前に、その時計をふと机から落としてしまった。あぁ、金環日食の日だ。落ちた時計を拾い上げると、文字盤が狂ったように動いている。やがてゆっくりと「デイジー・ベル」でも歌い出しそうな状態だった。

 

すぐに買い換えれば良かったのだろうけれど、その1週間後に、結婚式がある。引き出物カタログから腕時計を選べるだろう。そんなさもしい根性から、980円を惜しんだ。

 

案の定、カタログを頂き、届くのは2週間後だそうだ。あと1週間だ。

 

そうこうしているうちに、鼻の骨を折った奴がいる。責任の一端は俺にある。徴収した金を集計したら6000円足りなかった。絶対になくしてはいけない書類をシュレッダーに掛けてしまった。切手を貼らずに封書を投函した。

 

分かっている。腕時計のせいではない。ただ俺がダメなだけだ。俺のダメさ加減を腕時計の故障に外在化して精神的安定を図っているだけだ。

 

かと言って、キャプテン・アメリカのような行動に出るには、俺の心は強くなれていない。そこで、家にあった300円くらいの蛍光色に光るシリコンバンドの腕時計をしている。しかし、どういうセッティングの加減か、表示は「15」という数字を示したまま変わらない。これはもはや時計ではなく、24時間ずっと「15」をお知らせしてくれる何かだ。

 

でも、それでも外せない。もはやリストバンドでも構わないのかも知れない。

 

あと一週間だ。

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