ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

負けた

先日の日曜日、息子が属するチームが負けた。仮にバレーボール部としよう。

 

負けたら引退、そういう試合だった。

 

俺は応援する立場というものに慣れていない。応援するくらいだったら、自分が頑張れよと思う。

 

そうは思いながらも迎えた当日だった。曖昧な気分を高揚感で紛らわすようにして、気がつくと、勝てば来週のトーナメントなのだが、来週は仕事で来られないかもしれないなと思っている自分に気づいた。

 

勝つ気でいるのか?勝って欲しいのか?どちらでも良い。勝つチームと負けるチームがある。それは取り決め上の必然だ。そこで彼は何を学ぶのだろう。

 

十代の経験で最も質の良いものは、本気でやって駄目だった経験だという話を思い出した。だれか、有名私塾の講師が言っていたものだと思う。彼は、最も質の悪いものはいい加減にやってうまく行った経験だと言っていたはずだ。

 

しかし、何を以て本気とするのだろう。思いに質の差を計ることで利を得る者があるのだろうか。

 

そして負けた。大量の点差がついての負けだ。負けた彼がどう思っているのか分からない。余りの点差に涙も出ないらしい。彼の気持ちが分からないから、俺自身の気持ちも整理がつかない。ここで彼の気持ちを詳しく聞くべきなのかどうかも分からない。俺には分からないことだらけであることだけが分かった。

 

バレーボールのことなんて何も分からない。何よりもチームプレイの経験がない。また学校の部活動のことなんて、自分がやってきた経験もなく、何も分からない。だから、こんな時いったいどんな顔をして良いか、本当に分からない。俺は綾波レイのように途方に暮れて、出来るだけ早く無難にその場をやり過ごすことしか考えられなかった。

 

友部正人の『家来のひとりもいない王様』という歌は「家来のひとりもいない王様が草原を行く。王国を一度も持ったことのない王様が馬に乗って行く。浜辺では魚たちが騒いでいる。王国はいつも王様の入って行けない所に在る。」という歌詩から始まる。

 

♫月は線路端の柵を照らしている

男の子の親たちは家の中で晩ご飯を食べている

ねえどうして君だけ晩ご飯を食べないの

家族はいつも男の子の入って行けない所に在る♪

 

その伝でいけば、「バレーボールはいつもバレーボールプレーヤーの入って行けない所に在る」のだ。そして「親子はいつも親の入って行けない所に在る」のだ。

 

彼だってバカじゃないから、終わった後の人生の方がずっと長いということだって良く分かっているだろう。

 

この程度のことで「負けた」なんて思わないで欲しいし、この程度のことでもちゃんと悔しがって欲しい。そんなアンビバレントな感情だ。

 

俺はまだ整理できないでいる。