ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

優秀なカメラマン

高校生の頃、好きになった女の子に短歌を贈ったことがある。酒席の戯言にそう言うと大抵引かれる。引かれて笑われる。ま、それはそうだろう。

 

バイトもしていない、なけなしの高校生だった俺が精一杯の背伸びをして、「短歌を贈られたことがある女」の称号、悪くないんじゃないか?と思ったのが、若気の至りと呼ばれる種類の(言うまでもなく、人としては至らない)なけなしの本心だった。

 

今にして思えば充分な大きなお世話だ。

 

2週間ほど家を離れてキャンプに出かける必要があり、出発前にあらかじめ図書館で八大集をひっくり返して拾い出した。

 

やがてキャンプ場に彼女から「返歌」が来た。

こういう時に(笑)と使うのだろうけど、彼女に失礼だから使わない。

 

流石に照れくさいので、大抵は俺が贈った歌がどんなものだったのかは話さない。ここだけの話だから敢えて記すと『万葉集』からの「夕暮れは雲のはたてにものぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて」という歌だ。

 

先日、久しぶりのこのことを思い出して、酔った勢いで話をすると、ついその初句まで漏らしてしまった。

 

すると今時らしくあっという間に、その場でスマホでググられて、「あ、これか」と三十一文字全てがその場に晒された。

 

ひとしきりまた冷やかされた後で、「で、どんな歌が返って来たの?」と尋ねられた。

 

え?

 

すっかり忘れていた。あぁ、それが俺のダメな所だ。そう思った。だから結局彼女はいなくなっちゃったんだな。

 

自意識過剰。自分くん。自分が選んだ和歌だけは覚えていて、相手の自分に対する想いに気持ちが及ばない。及んでいたのだけれど、やがて及ばない。だから結局はいつでもひとりよがりに陥ってしまう。

 

いや、そんな必要以上に落ち込むつもりもないのだけれど。

 

自分が優れたものだと思ったり、得意になったり、調子に乗ったりすることなく、雪道に足跡を付けるように、着実に歩みを進めたいものだ。しかし、そう思った矢先に足を掬われる。

 

いつでも状況の優秀なカメラマンでいたいのだ。自分だけを写すカメラマンでいてはいけないのだ。そんな自戒。