ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

明日は…

昔は、40歳なんてすごく大人で、ましてや50代、60代なんて遠い未来の話だった。そんな漠然とした印象の中で過ごしてきた。80歳以上の平均年齢なんて、なんでそんなに長く生きることが出来るんだろう。そんなことを考えたりした。

 

これは、思い出せなかったある詩が、誰のどんな詩だったか思い出した。そんな話だ。

 

手掛かりは一言の詩句だけだった。そしてそれすらもうろ覚えなのだが、「男は、愛は、と言おうとして、「明日は」と言ってしまった。明日は戦争…」という感じの句だけが強く印象に残っていた。

 

17歳の頃だったと思う。その頃付き合っていた女の子からもらった手紙に、(メールじゃないところが昭和だ)その詩が書かれていた。その手紙をもらってから更に何年か経って、「あの詩、手紙に書いたことあったよね?あれって、誰の詩だって書いてあった?」とその女の子に尋ねられた。

 

その手紙はどこかに行ってしまっていたし、どういう文脈でその詩の話になっていたかもすっかり忘れていた。

 

二人して「う〜ん、誰だったっけ?」と言っていて、そのまま彼女とも会わなくなってしまった。

 

ずっと思い出そうとして、思い出せなかったというわけじゃないけど、たまに図書館に行ったりした時などに、あれ?そう言えば、あの詩は誰のだったっけ?と、会えなくなった彼女の痕跡を辿るように詩集を繰ることがあった。

 

そうだ。今思い出したが、俺は母校で教育実習をした経験があるのだが、もうすっかり建て替えられた新校舎でも、彼女と一緒に過ごした時間を思い出させるには充分な雰囲気があった。俺は引き寄せられるように図書室に行くと、その詩を探した。

 

結局見つけられなかったのだけれど、その過程で、コンピュータ管理されていなかった頃の図書カードに彼女の自筆の名前を見つけて、懐かしさで現実が遠ざかって行くような気持ちになった。

 

その後も数十年、たまに薄曇りの昼下がりなどに、久しぶりの街を歩いたりした時、その久しぶりの感じに併せて思い出す。そんな距離感でその詩句と付き合ってきた。

 

ふと思い立って、コンピュータに向かい、インターネットで「愛 (スペース) 明日は戦争」と検索してみたら、一件のヒットがあった。ある人が自分のブログにその詩を引用していた。ずっと探していたものが、ほんのクリック一回で見つかった

 

それは多分良いことなのだろう。

 

その詩は、加島祥造という人の「Light Verse」という詩だった。こんな詩だ。

 

濃いコーヒーを前にしてこの戀人達は

こつそり戀を語ろうとしたが、

男は重い口調で

「愛は」と言おうとして

「明日は」と言つてしまつた

   「明日は戦争、あさつては…」

壁にかかつたカレンダーは

めくらがめくらを鞭打つ

20世紀の任務を担っていた。

女はおとなしく

「愛」という言葉を19世紀の間知らなかった島に育ち

19年の間発音したことがなかつた

そしていま、凍った戸外に

吹き出した吹雪の不安な音を

気にしていた

濃いコーヒーを前にして

この戀人たちは困つていた。

 

60歳、70歳を越えた頃、いつかあの彼女に会ったら、

「あの詩さ、分かったよ。荒地派の加島祥造の詩だよ」って言いたい。

そんなとっぽいやりとりは俺らしいんじゃないだろうか。