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ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

海(アンチ)

雑感

生まれ育った町が東京の下町、0メートル地帯と呼ばれる所だった。水の流れを感じるためには、堤防に登り、文字通り屋根の高さを流れる川を眺めていれば良かった。

 

早起きをして、家を抜け出ては、息を吐くように白い蒸気を吐き出す製麺所の前を抜けて、堤防の上から起き出す前の町を見下ろした。

 

中学校の頃、ブルース・リーに憧れて空手を習い始めた。放課後から夕食まで稽古をした。時にその堤防の上を、タイヤを引っ張って走った。夜の川はドス黒かった。風が吹くと、遠くのどこかのではなく、「遠く」の匂いがした。

 

いつかその川の先、海の見える町に暮らす日が来ると良いなと思っていた。

 

やがて念願かなってというわけではないが、本当に港の近くで暮らすことになった。夜、ひとりでテレビを見ていると、遠くから汽笛が聞こえてきて、親元を遠く離れたんだなぁという感慨と、これから始まる生活への期待を感じた。

 

住む前までは、海の見える町で暮らしていれば、ちょっとへこたるようなことがあっても、打ち寄せる波や潮騒を聞いていれば癒されて、マイナスイオン効果で、大抵のことはなんとなってしまうように思っていた。

 

住んでみて思ったこと。

海沿いの町に住むにはパワーが要る。生まれ育った人たちはその土地の地場に拮抗するだけのものを成長過程で身に着けているのかも知れない。しかし、余所者の俺は、最初そのパワーにやられてしまった。

 

海は全てへの出口である。そんな風に思っていたが、何処を歩いて行っても結局海へと至る町は、俺に袋小路のどん詰まりに思えてきた。

 

この感じは、沖縄に旅行した時にも味わった。とても素敵なところだけれど、「島」の持つ地場に俺は負けてしまった。

 

「負け」た状態がどのようなものなのか上手く説明できないのだが、意識がダウナー傾向になり、なにかシラフなのに酔ったようになり、大袈裟に言うと、そこここで精霊が囁きを交わしているような落ち着かなさを感じるのだ。

 

その癖、家に帰ると、そう、『セロ弾きのゴーシュ』の野ねずみのようになにか「からだじゅうとても血のめぐりが」良くなったようで、それこそ憑き物が落ちたような気分になるから始末が悪い。それは「島」の何かヒーリング効果なのだろうか。

 

海からは少し、ほんの少し離れた町に引越し、落ち着いた。

海沿いの町は、俺にとって訪れる所として在るのがちょうど良い。訪れて癒してもらう所だ。

 

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