ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

Sorry for Party Rockin'

学生時代、池袋に下宿していた。今はもうないだろう外階段の真ん中廊下、6畳一間、風呂なし、便所共同というスタイル。このスタイルに4年ほど暮らした。

 

便所の窓からは、ゴミゴミした街並みの向こうにサンシャイン60が見えた。

 

ベニヤ板のドアを開けると三和土があって、その傍らにステンレスの洗面台があって、申し訳程度のガス台があった。

 

面倒くさいから鍵なんか掛けないで暮らしていた。部屋には本とレコードしかなかった。そう、あの頃、テレビも持っていなかったんだ。

 

そんな町で独り暮らしていても、友人が訪れてくれることがある。鍵を掛けていないから、俺がバイトから帰ると、部屋でレコードを聞いて待っている奴がいたりした。

 

ある時、そのベニヤのドアに誰かの顔写真が貼ってあった。「?」と思ってよくよく見てみると、吉田栄作の顔が雑誌か何かから切り抜かれて貼ってあるのだった。そしてその口元から吹き出しが伸びて、「遅いぞ、バーカ」と書いてある。

 

あ、そうか、誰かが俺を部屋で待っていて、待ちきれなくなって帰ったんだな。そう思って部屋のドアを開けると、部屋は玩具箱をひっくり返したようにディスプレイされていた。

 

小学校のお楽しみ会などで、色紙を切ってリングを作り、それを教室の中に張り巡らせたりするが、『ぴあ』を切り刻んでリングを作り、それが天井の至るところから垂れ下がっていた。吉田栄作だけではなく、切り抜かれた人物があちこちに貼られて、ご丁寧にそれぞれに吹き出しが付いていた。

 

誰も何も言っていないのに「あぁ、やかましい」と思ったのはあの時が最初で最後だ。

 

その後、分かったこと。

 

最初、ある友人(女性)が俺を待っていた。そこへ別の友人(男性)が俺を待とうとやってきた。その二人はお互いまだそんなに親しいわけではない。多少なりとも気詰まりだったらしく、取り敢えず一緒に待つかという過程で二人は、どちらともなく、この殺風景な部屋を飾り付けしてやろうということになったのだという。

 

作業していると気は紛れるからね。気が付いたら中途半端におめでたいパーティ会場になっていたというわけだ。

 

さんざん散らかして、まだ俺が帰ってこないから「じゃ、帰りましょうか」と、ふたりはそれぞれの家路についたのだという。

 

散らかしっぱなしにされた部屋を片付けたのは俺だ。

 

悔しいから、吉田栄作は意味もなく、しばらく貼ったままにしてやった。