ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

トボッと

ここのところ、立て続けに知り合いの親族の方が亡くなる。

 

知り合いの少年の母親だったり、歳若い友人の奥さんだったり。

 

必要以上の感情移入はしないようにしようとは思う。自分がその少年のような気持ちになったり、配偶者みたいな気持ちになったりして、その悲しみを悲しもうとするのは僭越だ。

 

でも、正直びっくりした。何度か会ったことがある人だったりすると、その人が居なくなったという事実を受け止めかねてしまう。

 

そのびっくりくらいは自分に許そう。そのびっくりを感じて、人は死ぬんだねって事実を忘れないように。

 

寺山修司が剽窃した通り「死ぬのは他人ばかり」なのだ。だから、時にその事実を忘れてしまうのだ。四六時中、死ぬなんてことを意識して生きていくことなんてできないけれど、どっかで覚えておかないと、とんでもないことになる。

 

昔、大好きな歳若い友人が「自殺した奴は、どんなに優れた仕事をした人だろうが認めないよ」って言ったことがある。

 

その潔さが心地よかったのだ。理屈より先に、その心地よさから俺は彼女の論理を支持する側に立つことにした。

 

大人はそうやって闇雲に断言してみせないといけないから。その友人を真似て言ってみる。「知らないの?人は死ぬんだよ」って。「だから自分で死ぬ奴は認めないよ」って。