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ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

良く分からないこと

映画

ゴールディ・ホーンの『ファール・プレイ』を久しぶりに見た。

 

以前見た時は(というのももう20年以上前のことだろうけど)テレビの洋画劇場での吹き替え版で、ダドリー・ムーア演じるところの小心なスケベオヤジの収納ダブルベッドが、調子外れのファンファーレと共に開く所で、一緒に見ていた妹が大笑いしたのを覚えている。

 

今回、改めて見て、随所にヒッチコックへのオマージュが隠されていること(シャワールームのカーテンが揺れて、明らかにそこから殺人鬼が登場「しそうな」場面は、流石に俺だって『サイコ』だってピンと来たからね)なんかに気付いたんだけれど、良く分からないことがあるのは、主演のゴールディ・ホーンが終始ノーブラであったこと。

 

分からないのは、ノーブラであった事実ではなく、極東の島国である我々は、コンサバティブで頑迷な我々は、その可愛らしい表情と揺れる小ぶりな乳房のコントラストに、眉を潜めながらも、心ひそかに「おぉっ!」と快哉を叫ぶことは間違いないんだけれど、リアルタイムであの映画を見ていた現地の人、カリフォルニアの人々にとって、その事実はどのようなものであったのだろうか。

 

やはり「おぉっ!」なのか、それともそれは当然のこととして看過すべきことなのか、看過すべきこととして「おぉっ!」なのか。だからこそBeach Boysは「I wish they all could be California Girl」と歌ったのか。

 

例えば、カーリー・サイモンのアルバム「No Secrets」のジャケット写真を、我々は「おぉっ!」であったのだけれど、どうだったのか。「おぉっ!」は無粋だったのか。

 

同様の疑問が「ロックバルーンは99」っていう素敵な邦題がついた「99 luftballons」という曲を歌っていたNenaのArm pit hair、いや腋毛について、ヨーロッパの女子には結構普通だったと聞いているんだけど、ドイツ人の当時の若者はどう思っていたのか。

 

ああ、分からないことばかりだ。しかし、その後、そんな女子はめっきり姿を消したということは、そういうことだったのだろうか。