ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

意図の蜘蛛の巣

あれは高校の時だったろうか。いや、中学校だ。俺は図書室を溜まり場にしていた。放課後、これといった部活もしていなかった俺は、行きどころをそこに定めた。 本は好きだったし、何よりも委員会活動そのものが活発ではない時代の公立中学校だったから、放っ…

整体

そんなわけで整体に出かけた。 整体というと魔術師のような人が居る。あるサックス・プレイヤーは、演奏している様子を見ていた整体師の先生から「左の肺が動いていませんね」と言われたという。「ちょうどその頃、演奏していてしんどくて仕方ない時期だった…

波待ち

晴れた日も波がなくて、俺はパドリングの練習をしていた。サーフボードにうつ伏せて、両手をオールに見立てて漕ぐ。これまでサーフボードを持って海に出たのは2回、その2回どちらも強風のもとで波しぶきが立つ日だったので、練習という意識を持って、その…

積ん読

知識欲は限りなく。かといって消化できる絶対量に限界はあり、いきおい本は読了されないままに積まれて行く。それでも構わないと思いきれるほど健康ではない。積まれた本の堆積は、マイナスの地場を形成し、俺を苛む。 中学3年ぐらいの頃のように、海綿体が…

50代からのサーフィン 補遺

そもそもなのだが、なぜ俺はサーフィンをしたいと思ったのだろう。 高校1年の時に、ラジオから流れる「サーフィンU.S.A」に感動して、LPを買った。それは覚えている。 サーフィンU.S.A.アーティスト: ザ・ビーチ・ボーイズ出版社/メーカー: EMIミュージック…

犀の角のようにただ独り歩め

この記事で用いた言葉「犀の角のように」というのは、ブルーハーブの曲にあったので覚えたフレーズだ。典拠は釈迦の言葉らしい。俺にも折にふれて寄りかかる言葉が幾つかある。その中のひとつだ。 野田秀樹の、あれは『白夜のワルキューレ』だったろうか?「…

50代からのサーフィン

中学3年の時に、『宝島』という雑誌に連載されていた片岡義男の「エンドレス・サマー」という映画についての文章を読んで、海沿いの町に住みたいと思った。正確に言うと、朝起きて、サーフィンが出来る暮らしをしたいと思ったのだ。その為の条件として、海…

川上未映子 私はゴッホに…

この季節になると川上未映子の文章を思い出す。思い出すと言っても、知ったのはつい最近のことだ。 私はゴッホにゆうたりたい さあ、ゴッホのように物狂う時と、ワイキキビーチに寝そべる観光客のようにリラックスする時とどちらも手に入れる為の罰当たりな…

ナビゲーター 世界史B

何の意味があるのかと問われれば、おそらく意味はない。じゃあ、世間一般、意味があるとされる常識というヤツに、いったいどんな本質的意味があるのかと駄々っ子の口調でくちを尖らせながら食い下がる大人気なさはある。 いや、今日、山川出版社の『ナビゲー…

蟄居

熱こそ下がったものの、排菌状態下にある為出勤は遠慮せよという日本医師会の勧告に素直に従い、一日部屋に居た。文字通りだ、部屋に居た。六畳の寝室に居て、本を読み、呼ばれれば食事の為にリビングに行くが、済ますとまた六畳に戻る。 一日であれば、何の…

錯綜感

J・D・サリンジャーに『倒錯の森』という作品集があった。いや、今でもある。しかし、俺が持っている角川文庫版はとうの昔に絶版になっていて手に入らない。70年台の『宝島』で紹介されていたのを覚えていた中学生の俺が、神田の古書街で見つけて買ったも…

家庭の幸福 太宰治

太宰治の本を初めて読んだのは、中学校の頃だったろうか。俺の文庫本体験の嚆矢を星新一『ボッコちゃん』とすると、その次の次ぐらいに太宰治の『斜陽』が位置する。なんというか「難しくないじゃんこれ」という感想だったのだ。一人称の会話体というのが親…

俺って何

『僕って何』という小説を書いたのは三田誠広。「わたくしといふ現象は假定された有機交流電燈のひとつの青い證明です」と書いたのは宮沢賢治だ。 俺は俺という人間にどこか中心があって、それは例えば「自我」みたいなもの、その自我が何かを考え、行動し…

蝶の指

つい最近ご招待頂いた場所でまたも目の前で上質の演奏に触れる機会に恵まれた。今回はピアノとサックスのデュオ…というのかアンサンブルというのか。 「折角のこのような機会ですから、難曲に挑戦してみます」ということで鍵盤を上から下まで駆け上り駆け下…

師が走る!

筒井康隆の小説に、時の流れがどんどん早くなって、結局「滝になって流れ落ちていた」という結末のものがあった。 マヤ暦によれば、そんなことになっていたのかも知れないこの年の瀬を迎えるにあたり、炬燵に入ってテレビを見ていた。とんねるずが…あのペー…

明晰さとは太陽に付けられた傷である

五月革命の落書きを集めた本があるらしい。このタイトルはその中の一節から。意味は分からないが、洒落たことを言う。 落書きに興味がある。と言って何も知らないのだけれど、これから洒落た落書き蒐集家になろうかと思ったのだ。ちなみに英語で「ジグ参上…

Kindle Paperwhiteについて

とうとうポチッとしてしまった。 というのもこのように思っていたからだが、まずは、iphoneのkindleアプリで、シドニー・シェルダンを読んでみた。相変わらず語彙が少ないので、分からない単語だらけだ。試しにその単語に触れてみると、辞書が起動して意味…

読書体力

言うまでもない、「読書体力」とは、読書をするために必要な体力のことを言うのだ。俺の友人が学生時代にそんな表現をしていた。 読書というのはある習慣的な要素を持っている。久しぶりに長編を読もうとしても、読書に費やす時間は、それがどんなに面白い…

Kindle Paperwhite

何人かの人たちがブログで電子書籍Kindleについて言及されていた。本当はリンクを張って紹介したいのだが、他人を巻き込んで毒を吐くようなことになってはいけないので自主規制した。 とにかくそれらを読んでいたら、俺も欲しくなった。 職場でも「欲しいな…

シドニー・シェルダン『女医』

女医〈上〉作者: シドニーシェルダン,Sidney Sheldon,天馬龍行出版社/メーカー: アカデミー出版発売日: 2000/04メディア: 単行本 クリック: 5回この商品を含むブログ (6件) を見る シドニー・シェルダンの『女医』、原題を『Nothing Lasts Forever』という。…

秋の夜長にぬくぬくと

秋の夜長、逢魔が時の町を彷徨き回る。どうってことないTSUTAYAに入っても、妙に懐かしいような、しっとりとした気持ちになる。棚に並んだグループサウンズのCDを目にすると、それにつられて鈴木いづみの小説を思い出したりする。 鈴木いづみコレクション〈…

宮沢賢治 永訣の朝

「Ora Orade Shitori egumo」って とし子、ロックだな。

一週間で終わらせろ 三代目魚武濱田成夫

随分と昔の話だが…その本を手に取ったのは、本当に偶然だった。平積みにされていることの効果というものを信じずにいられない。品川駅の構内にある書店で、平台の角に積まれていた文庫だった。 表紙に字だけが書いてあって『駅の名前を全部言えるようなガキ…

森鴎外 杯

天才だよ。やはり。 と紹介された精神科医中井久夫の本を読んでいたら、森鴎外について言及している部分があった。こういう大事なことは、必要に応じて、先方から訪れてくれることになっている。 暫く文芸の世界から離れていた鴎外は、この『杯』という散文…

良い睡眠のために

習慣的に煽っていた寝酒を止めてみた。 たまたま家に酒がなかったのと、凹みの時期にあったので、床に入るギリギリまで書見にいそしんでいたという経緯がある。 何しろ、その時間から酒を買いに行くのが面倒臭かった。 「面倒臭さ」というものは、偉大だ。…

吉本隆明 涙が涸れる

こんなことを言い出すと、いったいいつの時代の人だっていう風に思われるかもしれない。背伸びをしていた高校生の頃に読んだ雑誌『宝島』に「あの頃、学校の廊下や黒板の至る所に『とほくまでいくんだ』と書き付けたものだ」という記事を読んで、いかれてし…

切れたギターの弦から始まった芝居の話

ギターの1弦が切れてもう半月以上経つ。替えの弦は持っている。それなのに替えていない。そんなことが今まであっただろうか。あったような気もする。そしてあった時は、やはり今と同じように、何かがどうにかしていたのだ。 そんな風に事柄から何らかの法…

恥の多い生涯となるのは、その後で…

男子たるもの一歩表に出れば、七人の敵が居て云々。だからいつどんなことが有っても良いように後顧の憂いなく云々。下着も常に新品を履き、万事怠りない気合で居なければならない云々。 俺の友人は、刎頚の交わりを持った友に、自室の何箇所かあるHDDの場所…

風呂上がりの夜空に 小林じんことか

メンタリティを形成するのに重要な役割を果たしたものというのは、決して多くないはずだ。三代目魚武こと濱田成夫同様に現代日本の多くの青少年にとって、それは『少年ジャンプ』なのだ。だが、俺は『少年マガジン』だった。 時代…だ。 『明日のジョー』と…

いちばん高い塔の歌 アルチュール・ランボー

どうやって既得権益を捨てて新しいものを始めるか。 「自分」というものを考える時、「自分」がしたいことと「自分が属する集団」がしなければならないこととの齟齬が生じることがある。そんな「自分」の危機にこそ「自分」とは何なのかということを考える。…