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ジグ・ノート

備忘録のような形でつらつらと…

あの頃の微熱

雑感

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高校時代。

 

埃っぽい風に吹かれて登下校した。下校時にたまさか女の子と並んで歩くことがあって、そんな時、いやな気配にふと振り返ると、『不思議の国のアリス』はチェシャ猫の笑いを顔に張り付かせた友人たちが、自転車にまたがってチリンチリンと、ベルを鳴らす。

彼らはそれを『お囃子』と称していた。俺と彼女が門を曲がれば彼らも曲がる、立ち止まると立ち止まる。その上、必要以上の接近はしてこない。たちが悪いことこの上ない。

 

コーラとポテチとセブンスターを持ってドアを叩くと、「上がれよ」と言われる。上がるともうトランプは配られている。ドボンの時間だ。高校生にとっては、シビれるような金が動く。そいつの家は両親とも働いていたのか、いつ行ってもそうやってドボンの場が立って、タバコの煙が上がった。

 

あの頃から相当の間、どこへ行けばタバコが吸えるのかということを真っ先に気にする日々だった。例えば、イギリスで3週間過ごした時だって、真っ先に気にするのはどこでタバコを吸えば良いのかだった。

 

そう言えば中学の頃、部屋でタバコを吸って、吸い殻を捨てかねて勉強部屋の机の引き出しに溜め込んでいた。ある日、いつものようにその引き出しを開けると、オヤジの字で「まだ早い」と書かれたメモが入っていた。

 

俺は灰皿を用意するようになった。

 

 

酒呑み

雑感

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小さい頃から酒を呑んできた。初めて呑んだのは、否、酔ったのは、小学校を卒業して中学に進学する時の春休みだ。親父が作りおいていた梅酒をリポビタンDの空き瓶に入れて、自分の勉強部屋に持ち込んで呑んだ。留守番をしていた時であったとは言っても、リビングでそのまま呑んでいるほどの根性はなかったらしい。

 

リポビタンD一本分の梅酒はすぐにからになり、俺は勉強部屋を出て、改めて梅酒をお玉で掬い、空き瓶に収める。勉強部屋に行く。飲む。空になる。その繰り返しだ。

 

その時のことは以前にも書いたことがある。そこを先度に飲み始め、今にして思えば、高校時代がイチバン飲めていたような気がする。友人とお好み焼き屋でダラダラと飲み始め、目の前にお銚子がそれぞれ10本ずつ並んでいたこともあった。同じ友人の家で呑んで、目が覚めたら空の一升瓶が2本転がっていたなんてこともあった。

 

それでも二日酔いなんかにならずに、遅刻もせずに登校していた俺は、俺たちは、エラいのかエラくないのか。物事の有り様を計る基準はひとつではないということだ。だから、しくじったやつは優しく許してやろう。しくじりの多かった、そしてこれからも繰り返すだろう俺は、そう思う。

 

大学に入って、もっともっと大酒を呑んで、翌日起きて具合が悪かった。意味が分からなかった。気持ちが悪かった。一緒に飲んだ友人が「やばい、二日酔いだ」って言っていて、そうなんだ、これが二日酔いなんだと知った。

 

昼を過ぎてゲップが出たら、すこしスッキリした。あのくらいで止めておけば良かったんだ。その後の、「恥の多い人生を送ってきました」的な来し方を思い起こし、そう思う。

 

ドラッグより酒の方がよっぽど危険だ。現状に鑑みれば。

 

 

 

 

技術的特異点(シンギュラリティー)

雑感

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俺の理解だが、機械が、それ自身で自らを良くするようになった時のことを技術的特異点というのではないか。コンピュータが、自身の判断でもっと良くなるためにはどうすれば良いのかという工夫をし始めること。そのコンピュータを搭載したあらゆる機械も同様だ。

 

例えば、スマートウォッチが、持ち主のバイオリズムと連動して、次はもっと良いタイミングで起こすことができるように工夫を始めること。エアコンが、不快感を示した人の位置と体感温度を察知して、ある部分の温度を上げ、ある部分を下げるように、ファンの角度を調整する。

 

そうなった時、その機械は人類を滅ぼすかもしれないというホーキング博士の危惧は良く分かる。そして、池谷裕二博士によれば人間の頭脳のポテンシャルは並みじゃないと言う。じゃあ、人類、自分の技術的特異点がどのベクトルにあるのか、その方向を探り当て、その分水嶺を越えよ。

 

何故俺たちは、ソクラテスを読んで感動しなければならないのだ?進化せよ。深化せよ。まだ誰も見たことのない人類へと。

 

変化すること

雑感

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変わるっていうことが良い。一枚岩、盤石、完全な連帯…とかではなくて、分裂、乖離、解消、消滅の不安を抱えながら、その不安を超克しようとして、その集団なり、個人なりが、自分の中にある何かを変化させる。

 

変化させることで、最初にあった分裂や葛藤の根拠となっている軋轢がなくなる。なくなった時には、もう最初の集団なり個人なりではなかったりする。そのことを捉えて、「あいつも変わっちまったよな」とか「俺たちこんなだったっけ?」とか呟きながら、遠くを眺め、その先の夕日に話しかけるようなことになったとしても、変わることが良いじゃないか。

 

「あら、まあ、お変りなく」って挨拶が褒め言葉になるのは、日本だけだって聞いたこともあるぜ。

 

脱構築』なんて古臭い言葉も思い出した。簡単に言えば良い。自分を変えよう。声を上げて、社会を変えようと訴えるよりも、自分を変えよう。社会に合わせて自分を変えるってことじゃなく、社会に、周囲に合わせて抑えこんでいた自分を変えよう。自分の好きな自分になろう。それはワガママになるってことじゃない。

 

始めの一歩だ。

 

クノップフ

雑感

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以前書いたディランとバエズの距離で思い出したのが、このクノップフの絵だ。これもずいぶんと以前の話になるが、この絵について、この豹だか貂だかに人面がついた生物は、雌雄同体なのだと聞いたことがある。実は、彼は(彼女は)男が女を求めるようには、あるいは、女が男を求めるようには、他者を求める必要はないのだ。

 

その上で、この二体は寄り添っているのだそうだ。完全充足した上で寄り添う二人。その強さは格別だろう。

 

 

夏五月

雑感

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ある時、それはまだ俺が池袋の下宿でぼやぼやしていた頃の話だ。当時付き合っていた人は、歴史の勉強をしている大学生で、ちょっとエキセントリックな言動が可愛い、腰の細い女の子だった。

ある時、俺の6畳一間、風呂なし、トイレ共同の部屋の、薄っぺらい合板のドアをドンと開けて、入ってくると「夏五月!カルピス!」と布団の中にいる俺の目の前に、カルピスの瓶を突き出した。

聞くと「カルピスはプレゼント。『夏五月』は、春秋左氏伝から引用」と言って笑った。

いや、それだけの話しだ。それだけの話しだが、五月になると思い出す。

 

 

Tame Impara

雑感 音楽

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同僚に誘われてTame Imparaというバンドのコンサートに行った。俺にとって全然知らないバンドだった。聞けばオーストラリアのパース出身のバンドだと言う。そして、サイケデリック・ロックのテイストを、現代風にした感じだと言う。

「コンサートの色彩効果も最高の演出をするぜ」って言っていた。

仕事を巻き上げ、バタバタと支度をし、会場に着いた時は、しかし、開演の10分前ぐらいだった。ワンドリンクのトークンを入場時に支払わなくてはならなくて、チケットの他に500円を用意した。しかし、トイレに入る間もなく、立錐の余地もないオールスタンディングのフロアに自らを押し込んだ。

結局、そのままライブは始まり、終了し、ドリンクコーナーには、人が列をなした。

俺はそのままトークンを財布に入れて会場を後にした。文句はない、コンサートがカッコ良かったからだ。こんなに知らない曲ばかりなのに、感動したコンサートは始めてだ。